76 深部へ②

 そうして現れた竜脚科ボア・ファングとノッテ・イェガーの姿に、フィオは口を覆う。二頭は相棒の若い鉱夫たちをかばっていた。胸に抱え、潰さないよう重心をずらしている。

 しかし岩の下敷きになった脚はあらぬ方向に曲がり、血が滴っていた。角は無惨にも折れ、二頭とも意識がない。

 鉱夫が若者たちの頬を叩く。


「おい! おい! しっかりしろ!」

「うう、あ……」


 ふたりには意識があった。しかし相棒ドラゴンのほうは、急がなければ命を落としかねない。


「少年! この人をシャルルに乗せる。手伝って!」


 ジョットとともに、フィオは若者のひとりをシャルルの背中へ持ち上げた。ジョットにしっかり支えているように言って、鉱夫のほうも手伝い、ふたり目をグラン・グラディウスに乗せる。


「ドラゴンを運ぶ時は背中から、前脚の脇を挟んでください。そうすれば圧迫も少ないですし、万が一暴れても爪や牙が届きにくいです」


 グラン・グラディウスが、不慣れな手つきでノッテ・イェガーを抱えるのを支える。次はボア・ファングだ。フィオはシャルルにゆっくり持ち上げるよう指示する。

 風のマナが頼りなく少しふらついたが、なんとか運べそうだ。

 シャルルが不安を乗せた声で呼んでいる。しかしフィオは一歩一歩、あとずさった。


「フィオさん? どうしたんですか」

「少年、そのままその人をしっかり掴んでて。自力で支えられない人は、どんなに注意深く飛んでも落ちやすいから」


 なおも下がっていくフィオに、ジョットは息を詰め顔を強張らせる。


「そんなこと言ってないで早く乗ってください! ほら、俺の後ろ少し空いてますから!」

「ドラゴンは基本、ふたり乗りだよ。ましてやぐったりした人間は重くて飛びにくい。その上ボア・ファングも抱えているのに、マナの力も弱くちゃシャルルに負担がかかり過ぎる」


 怪我人をベルトと網で固定できれば望みはあったが、装備は宿のトランクの中だ。フィオは覚悟を決めた眼差しで、ジョットを突き放す。

 しかし少年は駄々っ子のように、激しく首を振った。


「シャルルならいける! あんな大ダルも運んだじゃないですか! なあそうだろシャルル!? 早くフィオさんを迎えにいけよ!」

「ダメ。そのボア・ファングを下ろす時は、二頭がかりじゃなきゃ。怪我をさせるか、痛みを与えて暴走させてしまう。シャルル、絶対に高度を下げないで」

「すまない。きみに、こんな役目を……」


 絞り出すような声で鉱夫が謝る。フィオはあえて勝気に微笑んだ。


「あなたがいなきゃ最速で出口に辿り着けないですから。少年とシャルルをよろしくお願いします」

「嫌だ! フィオさんを置いていくくらいなら俺が残る!」

「ジョット!」


 名前を呼んだとたん、ジョットはハッと目を見開いて固まった。


「あなたは私のナビでしょう。今、坑道の道筋を覚えて私を迎えにくればいい」


 ふっと息を抜き、フィオはおだやかに目をほころばせた。


「ここで待ってるから」

「そんなのダメです! だってまた落盤が起きたら……!」

「シャルル、行きなさい。あなたを信じてる」


 ドラゴンの咆哮が響く。それはシャルルのものだった。強い意思が、繋がった心からフィオに流れ込んでくる。

 必ず戻ってくるから。

 そう言われた気がした。絡め合った視線を振りきって、シャルルは迷いのない翼で空を叩く。


「おい待てよ! 止まれ! 行くな! 俺はっ……くそ!」


 ずり落ちそうになった鉱夫を抱え直し、ジョットが振り返る。グラン・グラディウスも目礼して飛び去り、ひとり取り残されていくフィオを、金の目はしかと焼きつけていた。


「絶対! 絶対迎えにきますから! そこにいてください! 俺が来るまでっ、どこにも行っちゃダメですからね!」


 ジョットとシャルルの姿は、曲がり角の向こうに消えて見えなくなった。しばらく聞こえていた羽ばたきの音も、やがて途絶える。

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