75 深部へ①

 もし若い鉱夫たちのドラゴンも気が立っていたら、助けるどころか襲われるかもしれない。けれどジョットがいれば、その危険を避けられる。

 そして少年の保護者として同行するのは、フィオの義務だ。


「だいじょうぶ。頼もしい少年を連れていくから」

「ふあ!? フィ、フィフィフィオさんが俺を頼って……!? あ、なんか悪いなザミル。別にあんたが頼りないとは言わないけど。でも俺と比べるとね? 有能っていうか、フィオさんと繋がっちゃってるっていうか? やっぱそこはナビなんで」

「別に一ミリも悔しくないから早く行け」


 でへへ、と笑いながらジョットが乗り込むのを待って、フィオはザミルに手を振る。


「ここは頼むね、ザミル!」


 ひと足先に飛び立った鉱夫を追って、シャルルも地面を蹴る。

 鉱夫の相棒は鉱物科グラン・グラディウスだ。黒い体に三本の角を持っている。そのうち、鼻先から突き出た角はまるで大剣のように太く長く、鋼色の光沢を放っていた。


「先導をお願いします」

「ああ、すまない。しっかりついてきてくれ」


 フィオは発光石のランタンを鉱夫に託した。坑道の構図を熟知している鉱夫は、小さな光源ひとつでも迷いなく進み出す。

 彼が持つ緑の光だけが頼りだ。

 一瞬だけ照らされる空間の広さ、角の曲がり具合、突き出た石柱の位置。どれひとつ見落としてもシャルルに怪我を負わせてしまう。

 ここでの負傷はエルドラドレースの棄権を意味した。


「フィオさん。こんなこと言うべきではないですけど、他の鉱夫に任せてもよかったんじゃないですか……?」


 ジョットがおずおずと言うことも、フィオは理解していた。一般人よりはドラゴンの扱いや飛行技術に精通しているとはいえ、竜騎士のように率先して危険へ飛び込むことはない。

 ハーディとザミルとツアーコースを脱したあと、安全な場所に避難すればよかった。


「……うん、そうだね。でもなんていうか私、取り残されるのがダメで。そういう人がいるかもしれないって思うと、居ても立ってもいられなくなるんだ」

「取り残される……レースライダーの性分ですか?」

「ふふっ。きっと生まれつきせっかちなんだよ」


 似たような十字路を二回通り抜けると、あたりは補強のされていない剥き出しの地面や壁になった。そしてまもなく、横板を打ちつけただけの階段に差しかかる。

 スキンヘッドの男が、若い鉱夫と最後に会った場所だ。


「おい! 助けに来たぞ! 返事しろ!」


 その場で空中停止し、鉱夫が呼びかける。フィオも耳を澄ましたが、返ってくる声はない。


「やはり奥へ行ったようだな」

「行ってみましょう。もし怪我をしていたら、時間が経つと危険です」


 うなずき合い、さらに奥を目指す。ここら一帯の発光石はまだ点灯していた。坑道深部のほうが揺れは小さかったということか。若い鉱夫が別の道で避難していてくれたらいいが。

 祈りつつ、フィオとジョットも呼びかける。すると、大きく曲がった先に照明が落ちて真っ暗な道が現れた。


「うっ……! フィオさん、そこ。その暗闇から強い苦しみと痛みを感じます」


 ジョットがささやくのと同時に、先導するグラン・グラディウスが急停止した。シャルルもひどく怯えた様子で進むのをためらう。

 この先になにかがいるのは間違いない。

 フィオは壁につり下げられたランタンから、発光石をすばやく集めた。シャルルに低空を維持させ、光を放り投げながら進む。

 最後のひとつがなにかに当たって、跳ね返った。照らし出された光景に息を呑む。

 落下した岩と岩の間からドラゴンの脚が覗いていた。


「くそ! 岩をどかすぞ!」


 鉱夫の声で我に返り、フィオはジョットを下ろしてから岩の撤去にかかる。

 狭い洞穴内では風のマナが少なく、二頭がかりでなければ岩を持ち上げられなかった。シャルルとグラン・グラディウスは力を合わせ、ひとつずつ慎重に岩をどけていく。

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