208 旅立ち②

 次第に深まる水と苔に足を取られたか、ミミは途中でよろめいた。ランティスに支えられ、顔を上げた彼女の目から涙が散る。

 唇を噛むミミに代わるように、ランティスが声を張り上げる。


「僕たちもいっしょに行くことはできないのか!? フィオさん!」

「ここでやるべきことがあるでしょう? 大切な人もいる。ランティスさんもミミちゃんも、いなくなったら困るんだから。私に任せてよ」

「それはきみだって同じだ……!」


 ランティスの言葉にフィオはただ笑みを返した。テーゼから合図があり、首にしっかりと掴まる。羽ばたきがいっそう強まって、翼からぼた雪のように葉が降り注いだ。

 あたりを取り巻く光の砂が、時を歪曲わいきょくさせたように伸びていく。テーゼを中心に円を描いて、無数の声がフィオを包む。


「フィオさん!」


 雑音をミミの声が切り裂いた。


「忘れないで! 帰ってくるべき場所! 待っている人! 叶えたい夢!」


 光の帯を越えてなにかが落ちてくる。キラキラ輝くそれを、フィオはとっさに受けとめていた。


「シャルルの角笛とロケットペンダント……」

「フィオ・ベネットのロードスター杯優勝記事を書くのはっ、このレ・ミミなんですからねっ!」


 ミミとランティスも、苔野原もたゆたう水も、光に塗り潰される。浮遊感に抱かれながら、フィオは角笛とネックレスを胸に握り締めた。


――フィオさん!


 その瞬間、ジョットの声がどこからか聞こえた気がした。


『フィオ、行きますよ』

「うん。お願い」


 ひと際強い風が吹き抜けた時、森の守り神と女性の姿は忽然と消えた。飛び散った葉はまるで時を早送りしたかのように、黄色から茶色へにごっていく。

 最後に水面へ落ちたひとひらも、やがて朽ちて水没した。

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