292 しばらく立てませんでした

「じゃあもうここには用ないですよね。最終レースやる国に行きましょうよ。どこです。北? 南? 西? 東?」

「ん? 最終レースは浮遊大陸ロード島でやるって決まってるんだよ。知らなかった?」

「フィオさんの出るレースしか興味ないんで。でもロード島って確か、常に移動してるんですよね? どうやって行くんです」


 言外に今まで決勝戦まで進んだことがないと指摘されたが、ジョットに気づいた様子はなかった。ようやくかという情けなさと、いよいよかという期待の間で揺れながら、フィオは優勝メダルを取り出す。

 エルドラドレースとベルフォーレレースで獲得したものだ。


「実はこのメダル、共鳴石でできてるんだ。しかもふたつを合わせてはじめて作動する、特殊加工がされてるの。これを、こうやって重ねると……」


 背伸びして覗き込もうとするマドレーヌに合わせ、フィオは手を下げる。二枚のメダルを重ねたとたん、中心からオレンジ色の光が伸びて一点を指し示した。


「ほら。片割れの共鳴石がある方向を指してる。この方角にロード島があるんだよ」


 フィオは腰のポーチからコンパスを出し、光の示す方位を調べる。光はセノーテから南西に伸びていた。


「シャンディ……ならもう少し南か。あれ。じゃあこの方角って……」

「フィオさーん! ジョットくーん! お夕飯召し上がっていくでしょう? なにがいいかしら。聞かせてくださらない?」


 そこへ、白のロングワンピースを着た上品な女性が、庭に顔を出す。マドレーヌの母、リリアーヌだ。


「お母さまー! もちろんししょーとジョットはお夕飯もマドレーヌと食べるですの! マドレーヌはグミ草のポトフがいいですの!」


 少女は元気いっぱい母の元へ駆けていく。あんな大声で宣言されたら、夕食も相伴しょうばん預からないわけにはいかない。

 ジョットを見ると案の定、苦い顔をしていた。フィオはひかえめに笑う。


「夕食の席で、明日朝一番に発つって言うから」

「まあ、マドレーヌが楽しそうなのはいいんですけどね」


 しょうがないなあと兄貴風を吹かせて、ジョットはマドレーヌを追いかける。横を通り過ぎていく彼を見て、フィオは思わず「あ」と声を上げていた。


「なんですか?」


 振り返ったジョットの前に立ち、もう一度確かめる。やっぱりそうだとフィオはひとりうなずき、水平にした手を自分の頭からジョットのほうへ伸ばした。


「ジョット、背伸びたね。もう私と変わらないくらいかな」


 きょとんと瞬くひなた色の瞳が、再会した時よりもずっと近くにある。身長を抜かされる日もそう遠くないだろう。

 時の流れに寂しさを抱きながらも、この胸はたくましい黒髪の青年を想像して熱く震える。


「私が見てるのは、ジョットだからね」


 火照る耳を隠すように歩き出す。きびきび動けない足がもどかしい。いい大人がなにを言ってるんだか。

 自己反省に忙しいフィオは、ジョットが赤い顔を覆ってしゃがみ込んだことに気づかなかった。

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