36 ドラゴン知識のコーナー

 はいっ、と手を叩き、フィオは時計の秒針の音を声まねする。制限時間あるなんて聞いてませんよ! と喚くジョットの声が風混じりに届いた。

 シャルルがおかしそうにのどを鳴らす。


「じゃあシャルルからいきますね。鉱物科のドラゴンは、体の一部に鉱石の性質を持っています。植物科も同じで、草花に似た身体的特徴があります」

「いいね。あと五つ」

「えっと。竜脚科は翼が退化して飛べないドラゴンです。でも脚が速かったり力持ちだったり。逆に翼竜科は前脚が翼で、飛ぶのが得意です。あと小竜科は抱っこできるくらい小さい。それから……あ、自然科は数が少なくて、輝石きせきみたいにマナを使える能力があるんですよね」

「うんうん。あとひとつは?」

「えっ、まだいます!? 待って、今思い出しますから!」


 なんだかんだ一生懸命考えているジョットが微笑ましくて、フィオはゆっくりと待つ。しかし答えは出てこず、少年はフィオの背中に向かって項垂れた。


「降参です……」

「ふふっ。正解は竜鰭りゅうぎ科だよ」


 ああ、と納得したジョットが答えられなかったのも無理はない。竜鰭科は翼をひれに変え、海の中を生きるドラゴンだ。その姿は滅多に見ることができず、竜鰭科と相棒になった人間もいない。

 未だ多くの謎に包まれた存在だった。


「じゃあ、アイスはなしですか」

「んー。なら、次はレース知識問題で――」


 悔しそうなジョットに、新しい問題を考えようとした時だ。フィオは胸が弾む心地がして口をつむぐ。

 その直後、シャルルが高い咆哮を上げた。


「なんですか急に!」

「アンダルトが見えたから喜んでるみたい!」


 答えながら、フィオはジョットの腕を引き密着させる。見えたと言ってもドラゴンの優れた視力とは違い、人間の目ではまだかすみの向こうだ。


「あのね、これからちょっと危ないと思うから」


 ゴオッと吹きつけてきた風が、フィオの声をさらう。

 懐かしい。コーダ・タルタル山脈から吹き下ろす強い突風だ。故郷アンダルトでは、春を告げる風として親しまれている。


「え? なんですか!?」

「しっかり掴まってて! 振り落とされないように!」


 フィオの言葉尻を浮遊感が奪う。シャルルが突然片翼を畳み、そちらへ体を傾けた。まるで丘を転げる石のようにぐるぐる回りはじめる。

 かと思えばストンと落ちて、弾かれるように急上昇。ジグザグに動いてフィオとジョットを振り回した。

 故郷へ帰ってくるといつもこれだ。相棒はアンダルトの風がお気に入りらしい。それはフィオも同じだが、あまりはしゃがれると身がもたない。

 慣れていないジョットの様子が気になった時、シャルルはグンッと頭を持ち上げた。


「わっ。それ危ないからダメだよシャルル! 止まりなさい! めっ!」


 フィオの忠告も歓声に聞こえているのか、シャルルは魚のように体をくねらせてどんどん高度を上げていく。シェルフ川はあっという間に細い小川となり、木々はおもちゃのように小さくなる。

 春風に吹かれて波打つ草原が、薄雲の向こうで見え隠れした。

 ふわりと浮き上がる感覚とともに、上昇が止まる。シャルルが羽ばたきをやめると、風が遠のいてせつなの静寂が訪れた。


「おっと。まずいかな」


 ゆっくりと宙返りしていくシャルルの背中から、フィオはジョットを抱えて自ら降りた。


「なにやってるんですかああああっ!」


 ジョットの悲鳴が響く。その脇をシャルルが黒い流星となって落ちていく。


「あの速度で下降したら、あなたが重力に耐えられないから」


 と言ってもジョットには聞こえていないだろう。全身に叩きつける風、質量を感じるほどの大気、雲を割って落下していくままならない体に、半狂乱となって喚き散らしている。

 フィオは目をつむり、シャルルの位置を探った。相棒はもう上昇に戻り、雲に噛みつき回っている。遊んでいるようで、フィオとの距離は一定を保っていた。

 地上までの高さを目測し、猶予時間を弾き出す。


「十秒は遊べるかな」

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