38 思い出の風車小屋
荷物を隅に運びながら、フィオは口を開いた。
「ここは、お父さんがお母さんと過ごすために作った秘密基地なの」
「フィオさんのご両親……」
「うん。そこの
フィオは棚の上の絵立てを目で示す。それを手に取るジョットを横目に、今度はシャルルのハーネスを外しにかかった。
「もういないんだけどね、ふたりとも」
「え……」
「お母さんは私を産む時に。お父さんは火事があって……逃げ遅れた女性を助けにいって、それで」
「すみません。辛いこと、思い出させちゃって……」
ジョットの沈んだ声で、フィオは我に返る。子どもに気を遣わせるなんて、なにをやっているんだろうか。
立ち上がり、努めて明るい笑みを作った。
「ううん。昔のことだよ。私を引き取ってくれたカーター夫妻も、よくしてくれたし」
「フィオさんとキースの名字が違うのは、それで」
「そう。義兄妹なの。キースのお父さん、ノワール・カーターさんは父の親友でね。想像つかないんだけど、両親は駆け落ちだったみたい。それで親戚とは疎遠になっちゃっててさ」
フィオはジョットから絵立てを受け取り、伏せて置いた。歯車と水音に挟まれた、粗末な室内を見やる。
互いに縁談を進める相手がいながら、父と母は惹かれ合い、ここで逢瀬を重ねた。縁談は親が決めたことだったが、最初は父も不満を抱いてはいなかったらしい。
だけどあいつは、運命に出会ったんだ。
親友ノワールはそう語った。父と母の熱愛っぷりは、しばし友人たちを呆れさせるほどだったという。
にわかに感情が込み上げてきて、フィオは拳を握る痛みで押さえつけた。
「フィオさん? 本当にだいじょうぶですか……?」
思えば、この少年を放っておけなかったのは、両親と死別し、孤独だった自分と重ね合わせていたからだ。
フィオはジョットに手を伸ばしかけ、思い留まり、にかりと笑ってみせた。
「あなたが心配することじゃないよ! こっちに来たのは、キースのバカ見たらイライラすると思ったから。今日は移動で疲れたし、夕食買って休むつもりだけど、それでいい?」
「ありがたいです。実はさっきの飛行でちょっと気持ち悪くて……」
「え!? そういうことは早く言いなさい! ほら、横になって」
慌ててマットと上かけを引っ張り出したが、ハタと気づく。放置していた寝具なんて、虫とカビの温床ではないか。フィオはおそるおそる鼻を近づけてみる。だが奇妙なことに、嫌なにおいは感じなかった。
壁の発光石に目をやる。
輝石は定期的に日光や水などにさらし、マナを蓄積させる必要がある。フィオがファース村で治療していた半年間、手入れされなかった発光石が当然のように点灯するはずがなかった。
「あいつ、来てたんだ……」
私が帰ってくるの、準備して待っていた?
高鳴る胸を押さえる。その手で拳を作り、フィオは思いきりマットにめり込ませた。
「なあにが準備だ! そんな暇があるなら自分が迎えにこい! 人を辺境村に厄介払いして幼なじみとレーサーデビューしてんじゃねえよこの勘違い野郎が! あんたが勝てたのは全部私のお陰だバアアアカッ!」
壁を使ってたこ殴りにしたマットをわし掴みにし、床へ叩きつける。そこへシャルルのしっぽがビターンッと追い討ちをかけた。
歯車と水音響く室内に、しばしフィオの荒い息が重なる。
「よし。虫をせん滅した」
「いや明らか別のもん滅してましたよね!? 怨念ダダもれでしたからね!?」
「あとキース菌生えてたら嫌だから干してくる。少年はシャルルの腹枕で寝てて」
窓から羽根の点検用はしごに掴まり、フィオは外に出る。「ナビの扱い雑!」とジョットのツッコミが追いかけてきた。思わず噴き出しながら屋根へ登る。軽妙で痛快な少年とのやり取りは楽しい。
屋根の上で羽根は景気よく回っていた。フィオはマットを無造作に放り、アンダルトの街に向かって腰を下ろす。
「あー、ほんと。ゆかい、ゆかい」
回転する羽根が陽光を遮る。影が落ちる度に、フィオの口元からは笑みが消えていった。
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