34 旅立ち③

 ヘアピンに指を這わせ、ジョットはフィオを見る。困ったような目の片方は、あえて半分残した前髪の奥で見え隠れしていた。

 子どもらしさの中に、大人もハッと目を引く強さと危うさを秘めた心。なにもかもさらけ出してしまうのは、惜しいと思ったことは秘密だ。


「うん。男前になったよ」

「ほ、ほんとですか! じゃあ俺ずっとこの髪型にします! ヘアピン買います!」

「いやヘアピンくらいあげるけど。別にずっとそれにしなくても……」

「いいんです。気に入ったんですこれが!」


 まだ鏡も見てないくせに。とは思ったが、それ以上は言わず前に向き直る。


「ねえフィオさん。俺のことはジョットって呼んでくださいよ」

「え。呼んでなかったっけ?」

「呼んだのは一回だけです! あとは『あなた』とか『ねえ』ばっかり」

「そうだったかなあ」


 はぐらかしつつ、フィオは内心困った。

 思いがけない再会のせいで、けして見せるつもりのなかった堕落した姿を、ジョットに見られてしまった。それでつい、他人のふりをしてからどうも調子が狂っている。

 ジョットの前ではいつでも、かっこいいお姉さんでいたかった。


「まあ『あなた』もいいですけどね。夫婦みたいで。うへへへっ」

「はい?」


 いい大人が情けない。と反省していたフィオの心が、このひとことでひん曲がる。


「夫婦なんて十年早い。子どもなんだから『少年』で十分でしょ」

「ちょ、ええええっ!? 距離! 距離めちゃくちゃあいてるんですけど!?」

「これくらい置きにいかなきゃ。万が一恋人とか思われたらレースどころじゃないし。うん、もうちょっと離れてくれる?」

「いやー! 押さないで! 離れたら俺落ちますから!」


 ひじで押すフィオと、必死にしがみつくジョットを乗せて、シャルルは夜空を翔る。月光にきらり光るシェルフ川の先には、最初の決戦地アンダルトが待っている。

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