191 ベルフォーレ特保国首都ティルティ①
指にぶら下がった鍵を引ったくってやっても、ジンはまだ懐疑的な目をしていた。
首都ティルティに着いたのは昼過ぎだ。ジンとトンカチはまっすぐ宿を取り、シャルルからさっさと荷物を下ろして部屋に放り込んだ。
だがジンの手に他の鍵はない。フィオは首をひねる。
「ジンとトンカチの部屋は?」
「はんっ。俺らはこんなシケたところに泊まらねえよ。もっと中心部のホテルで、最終レース地が発表されるまで遊び回ってやる。必死にレースやってるお前らを笑いながらな」
確かにここは首都の郊外で、半分森に呑まれているような場所だった。枯れ葉のじゅうたんの上に点在するコテージは、ワンルーム・ロフトつき。周辺に店も娯楽施設もない代わりに、部屋までドラゴンの同伴が許されている。
おそらくティルティで、ドラゴンと宿泊できる最安価な宿だろう。
自分の足に乗せられたシャルルのしっぽを見て、フィオはジンの心遣いに感謝した。
「こっから先は一切世話しねえからな、フィオ。お前がレースに出なくても負けても、俺は最終戦に進んでロードスターになる。キースやクソガキと違って甘やかしたりしない。飛べないやつは置いてくだけだ」
「うん。ありがとう、ジン」
「な、なに礼言ってやがる!」
置いていく、とフィオにとって一番残酷な言葉を選んでいるが、行動とあべこべだ。若葉の目を見上げ、フィオはにっこりと微笑む。
「最終レース地の発表を待つだけなら、シャンディでもよかった。あそこのほうがリゾート地として栄えているし、あなたの好きそうなお店もいっぱいある。だけどジンは……女の子好きだから、ひとりの私を送ってくれたんだよね。ありがとう」
「女好きっていうか、アニキはまだ姉御に期待したいんだ。一度ライバルと認めた相手が、こんなところで終わるなんて許せないっていう、めんどくさいツンデレで」
「バカ! バカ! トンカチこの野郎!」
「うん、知ってた。でも直球で言っちゃうと照れるかなと思って」
「もおおおおっ。お前ら黙れよ!」
ジンに肩を揺さぶられながら、トンカチがピースしてきた。いたずら仲間になったつもりで、フィオも同じサインを返す。
派手なジンばかりが目立ち、彼がトンカチを振り回しているようで、その実、トンカチも時に手綱を握る。互いを理解し、肩を並べ合う、理想のライダーとナビを見つめ、フィオは目を細めた。
「ともかく、お前は少し好きなもんでも食って遊んで寝ろ!」
枯れ葉を踏んづけて遊ぶギョロメを呼びながら、ジンが言う。
「だいじょうぶだよ、もう。ひとりになるのは、これがはじめてじゃないんだから」
「そういうことはな、そこのべったり甘えたドラゴンが離れて遊ぶようになってから言え」
「だったら――」
フィオはジンに詰め寄った。ライダースーツの黒いショートネクタイを掴んで、身をかがませる。まるく見開いた若葉の目を覗き込み、フィオは挑発的に小首をかしげた。
「私と遊ぶ? ジン」
瞬間、彼の目に剣呑な光が差した。あっと思った時には、フィオのスカーフが解かれる。スカーフの端を持ったジンは、そのまま力任せに引き寄せた。
身を強張らせることしかできないフィオの眼前に、ジンの唇が迫る。思わず目をつむり、息を止めた。
しかし覚悟した感触はやってこず、軽く額を弾かれる。
「ばーか。俺をザコ呼ばわりしたお前ならそそがれるが、今のお前じゃつまんねえよ。この俺に相応しい女になったら、相手してやる」
目をぱちくりさせているうちに、スカーフを投げ返された。慌てて受けとめるフィオの横から、シャルルがうなって走り出す。
ジンはけたけたと笑い、ギョロメに乗って宙へ逃げた。マシュマロに跨がったトンカチを伴い、飛び去っていく。
彼らの巻き起こした風は、赤や黄色の葉っぱを舞い上げ、フィオの上にひらはらと降り注いだ。
「いいんだよ、シャルル。あの人は私のバカな行為を止めてくれたんだ」
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