19 子どもの戯言①
けれどファンはたいてい、たるんだ体型を見て笑みが固まる。
「情けなくなんかないですよ。フィオさんが体張ってシャルルに会いに行ったのは、レースに出るためでしょ。うまくいかなくたって、それは前進です」
上面で励まし、復帰を望むと言った記者も友人も、心の底ではどう思っていたことか。だって誰よりも味方で、思いは同じだと信じていたキースさえ、フィオの元を去った。
「お気遣いありがとう。会えてうれしかったよ。だからほんと、帰りな。十四歳の若者の時間は貴重だよ。こんなオバサンに構ってないで、地元でいい子見つけなよ」
「フィオさんなんか、怒ってます?」
「なんで私が。怒ってるのはあなたのほうじゃないの」
「怒ってませんよ」
「じゃあ笑ってるんだ。『これを別つのは死神のみ』そう言われてる相棒ドラゴンに、見放されたレースライダーなんて笑うしかないもんね」
「あなたを
でも、と瞬いた金の瞳に鋭い光が差し込む。
「怒っていたのは、その通りかもしれません」
少年らしからぬ強い眼差しにドキリとする。だが、フィオは内心ほくそ笑んだ。怒りながら体面を保てる者はいない。口にする言葉は、理性から解き放たれた本音だ。
「川に入ってるフィオさんを見た時、自殺する気だと思いました。そしたらなんかすっごく頭にきて。眠ってる姿見てたらまたムカムカしてきて……! それがなんなのか、今わかりました」
「失望でしょ」
「置いてかれる焦りです」
「ほらね。やっぱ……ん?」
目をぱちくりさせていると、ジョットが腹に乗り上げてきた。息を詰めるフィオの頬を挟んで、鼻先を寄せてくる。
「フィオさん、勝手にいかないで。いくなら俺も連れていってください」
「待って。いくってどこに」
ひたと注がれる眼差しは、無垢そのものだった。
「地獄の底でもどこでも」
「いやいやいや。おかしいでしょ。なんでそんな流れになるの!? ていうか、どいて。絵面がやばい」
「おかしくないです。この世にフィオさん以上に価値のあるものなんてないですから」
あれ。この子危ないほうに成長してない?
「そこをどけ、ぼうず。犯罪者になってもいいのか、フィオが」
そこへ現れたギルバートは、フィオにとって天の助けだった。
「〈未成年保護法〉? なんですかそれ」
ギルバートが口にした国際法に、ジョットは首をかしげる。フィオの血色や脈を診ながら、医者は詳細を語った。
「満十六歳を迎えた成人は、未成年と男女の交際をすることを禁じる法だ。たとえ合意の上でも認められず、これを破ったら牢獄にぶち込まれる。成人側がな」
「ええーっ!? フィオさんとおつき合いできなんですか!?」
「驚かなくていいでしょうが。そんな予定ないんだから」
たしなめるとジョットは唇を尖らせる。まったく、どこまでふざけているのかわからない。ため息をつきながら、フィオは脇に差した体温計をギルバートに返した。
診断の結果は申し分なし。ギルバートはドラゴンぬくぬく療法の終了を告げ、宿に戻る許しを出した。
「レフィナ! アヴエロ! ありがとう。あなたたちのお蔭で助かったよ」
フィオはずっと寄り添ってくれたレフィナとアヴエロを抱き締めた。ドラゴンの脚では届かない背中をなでてやると、もっとと言うように体を押しつけてくる。
とっておきのツボ――角のつけ根をくすぐってあげれば、二頭は
「推しと動物の触れあい……尊い」
「なにを拝んでるのか知らないが、ぼうず、イスを片づけろ。フィオもアヴエロたちだけじゃなく、ティアにも礼を言っとけ。ずいぶん心配してたぞ」
わらをはたき落として、ギルバートはマットと毛布を抱えていく。その背中に、フィオはあえて素っ気なく声をかけた。
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