20 子どもの戯言②

「わかった。ギルバートもありがと」

「……俺は仕事をしただけだ」

「そうだね。心配してくれたのかなって思ってさ」

「誰が。お前さんの厚い脂肪なら、あれくらいでくたばらないだろ」


 憎まれ口の中にフィオへの信頼を感じて、からからと笑う。

 日が沈み、発光石はっこうせきの緑の光に、ぼんやりと照らされた夜。アヴエロが呼びに行った時は、もうとっくに勤務時間外だったことが、フィオの心をあたためた。

 しかし宿で待つティアには、お礼よりも先に謝罪したほうがいいかもしれない。

 そんなことを考えながらイス運びを手伝おうとすると、ジョットに止められた。


「俺がやりますんで」


 まだあどけなさが残る顔を見て、フィオは先ほどの言葉を思い出す。


「ねえ、さっきの本気じゃないでしょうね」

「さっきのって?」


 きょとんと聞き返されたとたん、なにを確認したがっているのかと自分がバカらしくなった。

 子どもの発言に深い意味も、覚悟もない。あるのは無邪気だけだ。それを真に受ける大人のほうがどうかしている。


――フィオさん以上に価値のあるものなんてないですから。


 あんな言葉は今に忘れる、一時いっときの幻覚みたいなものだ。


「やっぱなんでもない」


 イスに乗っていた食器だけを持って、フィオはさっさとその場を離れようとした。


「俺は本気ですよ」


 しかし追いかけてきた言葉に思わず足を止める。


「幻滅なんかしたりしませんから。一生。なにがあっても」


 フィオはくすりと笑った。一生、なんて言葉をすぐ使うところが子どもだ。

 けれど同時に微笑ましくもなる。気持ちだけ受け取っておこうと振り返ると、ジョットは思いがけず考え込むような顔をしていた。


「シャルルだってそうです。フィオさんを見放したわけじゃなくて、あの時シャルルは怯えていたんです」

「怯えていた? 私に?」

「んー。フィオさんでもあり、自分自身にもというか」

「なにそれ。というか、どうして相棒でもないあなたにそんなことがわかるの」

「そんな気がしたんですってば。とにかく嫌われてはないです。だってフィオさんですから!」


 胸を張ったにっこり笑顔が逆にうさんくさかった。ハタと我に返って、フィオは頭を振る。

 いけない。また子どものざれごとに乗るところだった。確証なんてなく、自分の願望を口にしているだけだろう。ジョットの中でフィオの好感度は妙に高いようだし、まともな意見とはとても思えない。


「そっかそっか。ありがとね。フィオお姉さん元気出たよ」

「ちょっと。バカにしてません?」


 頬をふくらませるジョットをてきとうにあしらいつつ、フィオは〈どろんこブーツ亭〉に戻る。

 しかし、仁王立ちで待っていたティアのお説教が終わるまで、彼女特製あつあつブロッコリーグラタンはおあずけとなった。




 ボルトを抜いた機関部の後ろから、ガイドを挿入する。銃床部分を布で保護してから、口径に適した大きさの真鍮しんちゅうを用意する。溶剤が入ったビンのふたを開けると、強烈なにおいが鼻を刺激した。

 これを真鍮に刺したコットンに、スポイトを使って垂らす。そして細長いロッドと組み合わせ、バレルの中へ通していく。銃口を傷つけないよう慎重に。

 コットンに汚れがつかなくなるまでくり返したら、今度は乾いたコットンで拭き取ることも忘れない。

 仕上げに真鍮ブラシを何度か往復させ、防サビのオイルを塗れば、バレルの手入れは完了だ。


「あっ、あっ。フィオさんそれって、競技用の長銃ライフルですか!? うわー! わー! かっこいい!」


 昼近く。広間のテーブルでライフルの手入れをしていると、ドラゴニア新聞を自室で読んでいたジョットが駆け寄ってきた。黒の銃身から木製の青い銃床まで、熱心に見つめる少年の目はキラキラ輝いている。

 その羨望の眼差しはフィオも悪い気はしなかった。


「そ。私のもうひとりの相棒だよ。手入れのついでに狙撃練習もしようかと思って」

「あの、ちょっとだけ持たせてもらってもいいですか?」

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