10 約束の再会②
「俺はその、強いて言うなら、フィオさんのファンです……」
「嫌々言われてもうれしくないんですけど」
歯切れ悪く、ごにょごにょ話すジョットを置いて、フィオは階段に足をかける。
「待ってくださいフィオさん!」
「あー、ごめんね? フィオは今治療中だから、ファンや取材の応対はお断りしてるの」
「ち、違います! 俺はフィオさんと文通友だちでもあって、小さい時に面識もあるんです。とにかく話をさせてください!」
「ちょっと! 困るわ、勝手に入ったら」
「わっ! あわわわ……!」
ティアとジョットの問答が突然、奇妙な悲鳴に変わってフィオは目を向ける。すると引き止めようとしたティアの手を、ジョットが振り払ったところだった。
その勢いで、ジョットはどたどたと階段を上がってきて、フィオの腕にしがみつく。
宿屋〈夕凪亭〉の女将ペギーに抱き締められて、嫌がっていた姿がにわかに思い浮かんだ。
「あなた、まだ触られるの苦手なんだね」
「え。あ、俺触ってる……」
どういうわけか、ジョットのほうが驚いて呆けた顔をする。フィオの腕を取り、確かめるように掴んだりなでたりしてきた。
「触ってる。俺触れる。さすがフィオさん! あの時から少しも変わらないんだ!」
「ちょ、やめ」
留まることを忘れた手が、鎖骨から首へと無遠慮に触れて、ついにフィオの頬を包む。それは震えていた小さな手ではない。皮が少し厚くなり、大きく成長した男の手だった。
「フィオさんはやっぱり俺の特別な人なんですよ!」
「ムリーッ!」
「おっぶ!?」
顔を覗き込まれて、フィオは思わず腕で突っぱねた。よろめいたジョットは、階段の縁でぐらあっと大きく体勢を崩す。
あ。と思った時には、少年は見事に一階まで転げ落ちていった。
「なんだ騒々しい。まさかもう一本骨を折ったなんて言わないよな?」
その時玄関扉が開いて、白髪の男性が現れた。小さな村で小さな診療所を営むギルバート・オルセンだ。
二段に刈り上げた髪、無精ひげ、いつもにらんでいるように見える目つきは、とても医者とは思えない。名医の噂を聞きファース村を訪れたフィオも、最初は借金取りかなにかだと疑った。
「アヴエロ、お前は外で待ってるんだぞ」
扉枠に角がぶつかって、不満の声を上げたドラゴンに、ギルバートは釘をさした。
彼の相棒ドラゴンは、植物科メガ・ホルンのアヴエロだ。巨大な縦巻き角が邪魔で、ギルバートに置いていかれることをいつも不満がっている。しかし柳のように長い体毛が全身を覆い、不機嫌顔も埋もれていた。
「ギル! ちょうどよかったわ。ちょっと診て」
ティアに手招かれて、ギルバートは倒れたジョットのかたわらにひざをついた。
よくよく見れば、ジョットはぴくりとも動かない。フィオは肝が冷えた。
「軽い脳しんとうだな。寝かせておけば、じき目覚める」
「よかった。そっちのソファに運びましょ」
ギルバートとティアは、ジョットを壁際のソファに寝かせた。まだ気になるところがあったのか、ギルバートは少年の顔を覗き込んで、目や口元に触っている。
「血色がよくないな。それに唇のかさつき……。ティア、ぼうずが起きたらスープを飲ませてやれ。あと鉄分が摂れるようにオレンジがあるといい」
「わかった。すぐ用意するわ」
ジョットからかばんやコートを外し、てきぱきと動くティアを見て、フィオはうつむく。
まだ成人前の少年にとって、宿屋〈夕凪亭〉があるリルプチ島から本島レヴィに出てくるだけでも冒険だ。
ましてや海を渡り、国境を越え、こんな僻地にひとりで来るなんて、空を飛べる相棒ドラゴンがいても果てしない。
――とにかく会いたかったんです。
ジョットの言葉を思い出し、フィオは胸元の服を、その下にあるシャルルの角笛を握り締めた。
「さあ、フィオ。診察をはじめるぞ」
階段を上りながら、ギルバートはフィオが寝泊まりしている個室をあごで指した。
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