09 約束の再会①

 ドラゴン関連の記事を専門に扱うドラゴニア新聞は、どこの家庭でも定期購読されている有名な新聞のひとつだ。

 フィオも半年前までは愛読していた。毎日熱心にページをめくっていた日々が、とてつもなく遠い昔のことのように思える。


「あの、すみません」


 そう声をかけられる直前、フィオは下ろした髪のひと筋がつんと引かれたような気がした。振り返ると、十五歳くらいの男の子が立っている。

 耳が隠れるくらいの黒髪で、長めの前髪が目に半分かかっている。このへんではあまり見かけない、色白の肌だった。

 雨風除けのコートの上からでも、ほっそりした体型がうかがえる。肩から下げた大きなかばんと言い、旅行者風の出で立ちだ。

 一段上の石台にいるフィオと、地面から見上げる男の子の間には、手を伸ばしても届かない距離がある。髪を引っ張られたわけではなさそうだ。


「宿ってここであってますか? えっと、どろんこなんとかって言う……」


 男の子はかばんから小さなノートを取り出した。雨で濡れたのか、端がよれている。

 何枚か紙をめくった男の子は、表情を明るくして紙面をトンッと叩いた。


「そうだ、〈どろんこブーツ亭〉だ! この建物であっ、て……」


 フィオを見て、もう一度ノートに戻った目が突然、弾かれるように持ち上がる。ひたとフィオに固定された目が、みるみる大きく見開かれていく。金色の光彩は、いつか見た夕映えと似ていた。


「フィオさんっ!」


 後ろの壁にビリビリ反響するほど大きな声だった。男の子はまるで小竜のようにすばしっこい動きで石台に上がり、フィオにずいと顔を突きつける。


「俺! 俺! わかりますか!? 覚えてます!? ジョットです! ジョット・ウォーレス! 九年前、シャンディ諸島国のレヴィ島であなたに助けてもらった!」


 あっ、となにかに気づき、ジョットは首にかかったひもを手繰り寄せる。コートの胸元から青い角笛がキラリと光った。

 瞬間、振り乱れる黒い頭、狂ったように暴れる四肢、鼓膜にこびりついたうなり声が、フィオの脳裏で瞬く。


「知らない!」


 フィオはとっさにジョットを拒んだ。


「え……」

「あなたのことなんて知らない。人違いじゃない? 私に構わないで」


 そう言ってきびすを返した時、右足のつけ根に鈍い痛みを感じた。しかしフィオは構わず、宿に入ってずんずん歩く。


「フィオ、ごはんは?」


 ティアがテーブルにトーストとベーコン、目玉焼きを並べていた。バターの香ばしいにおいが漂う。

 たっぷりのバターで焼いたトーストはフィオの好きな朝食だったが、さっきまでからだった腹にはもう、重い鉛が詰まっていた。


「いらない。寝る」


 新聞をテーブルに放り投げて、奥の階段に向かう。しかし玄関扉がかしましく開き、追いかけてきたジョットが回り込んできた。


「人違いじゃありません! 間違えたりするもんか。一日だってあなたのこと忘れた日なんかない! はっきり覚えてます。金色の長い髪も、空みたいに透き通った目も。えっと、顔はあの時より太ましいけれど……」

「はい?」

「あ、今のなしで!」


 ドスの効いた声で聞き返せば、ジョットは慌てて口を押さえた。怯みながらも、金の目はめげずにフィオを追いかけつづける。


「とにかく会いたかったんです。事故の記事読んで、居ても立ってもいられなくてっ。あなたの無事を確かめたくて!」


 かばんのひもを握って、ジョットはこねくり回す。そこだけが妙にくたびれていて、あの頃から癖は直っていないんだと思った。


「うーんと、あなたはフィオのファン? それとも新聞記者かしら?」


 そこへ割って入ってきたのはティアだ。首をかしげながらゆったり近づくティアに、ジョットは目に見えて肩を震わせる。わざわざ壁まであとずさってから、フィオの後ろに入り込んできた。

 フィオが横に避けると、ぴったりついてくる。正直うっとうしい。

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