229 痛み①
掴んでいた手首が震えた。見上げるとチェイスは、どこか怯えた目をしてあとずさる。
「チェイス?」
「族長おおお! 無事ですか!?」
「今俺らも加勢します!」
そこへ、槍や弓を構えた男たちが走ってきた。弦音が響き、マティ・ヴェヒターの周りに次々と矢が降ってくる。
「逃げて! 早く! 村には近づいちゃダメだよ!」
目を白黒させている翼竜科を、フィオは谷のほうへ誘導した。
翼を振り、空へ飛翔したドラゴンは、荒々しい声で人間を
振り返らないまま谷を目指す姿を、フィオはじっと見送った。
「長、ご無事で……!」
「いや、手と足に怪我をしてるぞ! 早く村にお連れしろ!」
男たちの声にハッと目を向けると、軽い傷だったがチェイスの手とひざには血がにじんでいた。
私が無茶な戦い方をさせたからだ。
すぐさま村へと取って返す男たちに、フィオもうながされる。振り返った時、小竜は草むらに隠れたか、姿は見えなかった。
「レイラさん、グミ草ってまだありますか!? それと体拭く布もお願いします!」
チェイスの家に戻ってすぐ、フィオはレイラに必要なものを伝えた。男たちにつき添われ自室に入るチェイスを見つつ、階段井戸へ向かう。
その途中で白い小竜が飛んできた。やっぱりついてきたようだ。
これ幸いと、フィオは井戸のそばにあった桶を抱え、小竜の脚に掴まって水を汲んだ。
「フィオさん、これで足りるかしら!?」
チェイスの部屋に入ると、レイラが袋を見せてきた。グミ草がてらりと光る。鍋料理には物足りなさそうだが、すり傷の治療には十分だ。
袋と綿布を受け取って、フィオは敷物にうずくまるチェイスの横にひざをつく。
男衆は帰らせたのか、すでに姿はなかった。
「きゃっ。ドラゴン!?」
突然、レイラが悲鳴を上げた。口を押さえ目を見張る彼女の視線を追うと、フィオのかたわらに小竜がいた。部屋まで入ってくるとは思わず、フィオも驚く。
小竜はうつむくチェイスを見上げ、小さな鼻をスンスン鳴らした。
「レイラさん、この子に敵意はありません。安心してください。それより今はチェイスの手当てを優先させますね」
「いらねえよ」
フィオの言葉にかぶせるようにして、チェイスがうなる。目が合うと彼は顔を背けた。傷ついた手が、身を守るように二の腕を掴む。
草の粘液が残る手のひらを閉じ、フィオは少し体を引いた。
「私が、信用ならない?」
「……お前たちが薬草の知識に長けた部族なのは知ってる。だが、あの草団子はなんだ? ドラゴンに効く薬なんて聞いたことがない。お前は毒を使って、ドラゴンの脳を狂わせたのか?」
「違うよ。生のシッポ草はドラゴンにとってお酒と同じなの。でも興奮状態の相手には効かない。私たちが襲われなかったのは、私たちが襲わなかったから。チェイスは敵じゃないって、あのドラゴンは信用してくれたんだよ」
「いいや、そうじゃねえ。お前が怪しい魔術でも使ったんだろ。脳が壊れてでもなきゃ、やつらが人を襲わないなんてことはあり得ない!」
「目を背けないでよ!」
ひざをすって身を乗り出し、フィオはチェイスの両頬を掴んだ。足に当たって倒れた袋から、グミ草がザアと散らばる。
前髪の向こうに隠れる彼の目はやっぱり、臆病な色をして揺れていた。
「チェイスが誰よりも感じたはずでしょ!? 対峙したドラゴンは、あなたを本気で噛み殺そうとしてた? ひねり潰すつもりだった? この村で誰よりも強くて、千のドラゴンと戦ってきたあなたがわからないはずがない!」
「そうだな。確かにやつは、丸腰の俺に油断していた」
言葉とは裏腹にチェイスの声は硬質で、決然とした力でフィオを突き放す。立ち上がった彼は、立てかけた槍の元まで行くと、一本を手に取った。
フィオばかりでなく、レイラも身を強張らせたのが肌に伝わる。
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