228 vs複眼の翼竜②
「はあっ、できた……! チェイス下がって!」
「お前を置いていく気はさらさらねえ!」
「違うってば! いいから早く!」
細切れにしたシッポ草をまるめて団子にし、フィオは角笛に手をかける。風を受けた笛はホーと鳴く。ひもを掴みゆったり回すと、その風鳴りは高く澄んで
チェイスがフィオとマティ・ヴェヒターを交互に見やる。目は信じられないと語っていた。ドラゴンの様子が角笛を鳴らした瞬間から、明らかに軟化したのだ。まるで親の注意を聞く子どものように、意識し理解しようとしている。
フィオは慎重に足を運び、マティ・ヴェヒターに近づく。だが、チェイスが立ち塞がった。
「ダメだ」
その声には少しの懇願がにじんでいた。
「だいじょうぶ。あのドラゴンは今、私たちを見定めようとしてる。刺激しなければ襲ってくることはない」
「信じられるかよ」
私を? ドラゴンを? 両方、かな。
「……だが石の夫婦は、死ぬ時もいっしょだ」
力強く腰を抱かれる。チェイスの目は前を向いたままだった。その横顔は鍛えられた鋼のように美しい。
これが初代族長チェイス。男の器を感じて、人知れずつばを飲むフィオの足をかばい、チェイスは歩を進める。
マティ・ヴェヒターの呼吸、鼓動、体温が目の前にあった。
「天空の覇者、私たちの親愛なる隣人。私たちに戦う意思はない。あなたを傷つけたくない。どうか身を引いて欲しい」
複眼がぱちりと瞬いて、しなやかな首がかしげられた。チェイスの驚きが触れたところから伝わってくる。
そう、首をひねるのは話を聞いている証。知性の表れ。そして意思表示のひとつ。人間の長とドラゴンは今、会話した。
「私たちはあなたの敵じゃない。私たちは互いを知り合える。お願い、わかって」
一歩進み出ながら、フィオは草団子を差し出した。「おい」とチェイスが咎めてきたが、意識をマティ・ヴェヒターに集中する。
内側で“声”は響かない。けれど包み隠さず心をさらけ出す。信じている。千年後にあった人とドラゴンの絆は、奇跡でも魔法でもないと。
「嫁! 逃げろ!」
チェイスが叫んだ時、差し伸べたフィオの腕はぽっかり開いたドラゴンの口に呑まれようとしていた。
ほの暗い奥にのど
「許さねえ……! よくもっ」
「待ってチェイス。だいじょうぶだから。痛くないよ」
「は?」
こぼれんばかりに見開かれた青い目に、フィオはくすりと笑う。身じろぐと、その意図を察したマティ・ヴェヒターは口をゆるめた。
食われた腕を引く。ぐっしょりとだ液にまみれて、正直気持ちのいいものではない。けれど、フィオの腕はきちんと健在で五指も難なく動かせた。
ドラゴンは草団子を食べただけだ。
「な、な……っ。待て! 襲ってくる!」
「違うよ。ほら、よく見て」
頭を振り上げたマティ・ヴェヒターを見て、チェイスはフィオを下がらせようとした。腕を掴む彼の手首を握り返して、フィオはやわらかく目を細める。
噛みつくでもなぎ払うでもない。振り下ろされたドラゴンの頭は、のどをさらしてしな垂れかかってきた。オレンジ色の目はとろりとして、炭酸の抜けたジュースのようだ。
「なん、だ。なにが起きてる」
「生のシッポ草には、ドラゴンを酔わせる効果があるの。あなたのホウキノキ酒といっしょ。気分がよくなって、ふふっ、甘えてるのね」
ぐり、と頭を押しつけられてフィオは笑う。まだ力加減を知らないから、よろめくし痛い。でも、そんなもので済む。マティ・ヴェヒターの仕草には、声には、眼差しには、もう険がとれていた。
「チェイスのお陰だよ。あなたがこの子に反撃しなかったから、敵じゃないってわかってくれたんだ。あなたの行動が、ドラゴンに伝わったんだよ」
「信じられない……。こんなこと、あっていいのか……」
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