290 迷宮!ベルフォーレレース②

 だけど、それと同時にひどく心が満たされた。


「わたし、今、はあっ、ちゃんと生きてる……っ」


 シャルルの体が沈み込む。翼を畳んで急降下に入り、加速度が上がった。キラリ瞬くクリスタルの角の間、一匹の黄色い石を捉える。

 あれだ。いくよ。準備はいい?

 分け与えられたと聞いた竜神の心臓の力か、以前よりも明瞭にシャルルの意思が感じられる。まだ会話のようにはいかないが、深く入り込んだふたつの魂の境界線は、もう見分けがつかない。


「いいよ、シャルル。狙え!」


 ライフルの照星しょうせい飛跳石とびいしに合わせる。石が床側の面に触れた瞬間、フィオは引鉄ひきがねを絞り染料弾を放った。蛍光ピンクに染まり、動きが鈍くなった獲物を、シャルルがすかさず仕留める。

 しっぽの先まで迫っていたキースとジェネラスをかわし、フィオとシャルルはジョットが待つ競技場コロセウムへ一位で飛び込んだ。


『ゴォオオオルッ! フィオ・ベネット選手、正確無比な射撃は健在! 最後の障壁区画ジャマーゾーンで後続を一気に突き離し、華麗に一位を射止めました! これで彼女たちは二勝目。ロードスター杯最終レースへの切符を獲得します! いやあスカイさん、ベネット選手の射撃は何度見ても気持ちいいですね』

『恐ろしいくらいっスよ。俺が現役の時に彼女がいなくてよかった。これはロードスター杯史上初、最終レースでのペナルティショットも――』

『あり得ますねえ!』

『ちょ、考えただけでゾクゾクする。やべえ』

『さて、二位に入ったキース・カーター選手、三位のランティス・ヒルトップ選手も最終レースへと駒を進めております。これでいよいよ、ロードスターを決める決勝レースに出る選手たちがそろいました! 前回王者のハーディ・ジョー選手、女王復活となるかパピヨン・ガルシア選手の対決はもちろん、これまで優勝争いに何度も絡んできたジン・ゴールドラッシュ選手からも目が離せません! 注目のロードスター最終レースは二ヶ月後です!』




「ししょー! こっちですの!」

「わかってるから、マドレーヌ。急がないで。薄暗いから壁にぶつかっちゃうよ」


 ベルフォーレ特保とくほ国でのレースを終えて、一週間後。フィオとジョットはシャルルに乗ってコズモエンデバレーの渓谷を渡り、ルーメン古国ここくの首都セノーテに戻ってきた。

 ヒルトップ家当主グリフォスの許可を得て、庭の階段井戸にある神殿部へ潜る。ジョットは地上で待つと言った。なんとなく、歴代族長が眠る墓所で騒がしくしたくなかったフィオは、彼の気遣いをありがたく受けた。

 ところが、マドレーヌが案内すると無邪気についてきたものだから、あまり意味はなかったかもしれない。


「ししょー。そのお花は誰にあげるんですの?」


 フォース・キニゴスの小さな相棒トルペに跨がって、先に墓所まで行ってきたマドレーヌは、忙しくなくフィオが抱える花に興味を移す。

 トルペはゆっくり飛ぶことに慣れていないようで、ふらついていた。見兼ねてフィオはマドレーヌをひざに抱き上げる。トルペもシャルルの頭で羽休めしようとしたが、不機嫌な鼻息で追い払われた。


「初代族長にチェイスって人がいるでしょ。その人にあげるの」

「どうして?」


 無垢な瞳に小さく笑みをこぼす。フィオとチェイスの繋がりを知る者は、ジョットをいて他に誰もいない。


「ちょっとね、感謝を伝えたくなったの。今私たちがドラゴンレースできるのは、初代ドラゴンライダーであるチェイスのお蔭だから」


 約束もしたものね。

 誰にも打ち明けられない秘密を、こそりとこぼす。自然と頬がほころぶフィオを、マドレーヌは不思議そうに見上げていた。


「ここは変わらないね」


 携行型光束灯に照らされた墓所内は、グリフォスと来たあの時のままだった。石棺せっかんが中央の通路に沿って整然と並んでいる。その先には短い階段があり、頂きでひと回り大きな石棺がフィオを待っていた。

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