311 この誓いだけは違えない 終

「くおーん。くおん、くおん、くうん」


 シャルルが不安そうに鳴いている。フィオのにおいを隈なくかいで、状態を確かめている。股の近くで止まって、いっそう悲痛な声を上げた。

 ああ。切れて血が出たかもしれない。


「だいじょーぶだよ、シャルル。いちおー生きてる。ほら、おいで」


 安心させようと持ち上げた手は、グローブに染みるほど血が出ていた。これではかえって怖がらせると思ったが、甘えん坊は一生懸命に頭をすり寄せてきた。

 黒い顔にはまだ染料が残っている。


「ありがとう。私のためにたくさん、勇気を出してくれたよね。シャルル、大好きだよ」

「フィオさん! フィオさんだいじょうぶですか!? 今、救護班呼びましたからね!」


 視界にジョットの姿が飛び込んでくる。彼はフィオの飛行帽やゴーグル、スカーフを取り払い、息がしやすいようにしてくれた。ついでに鼻水まで袖で拭ってしまうジョットが、末恐ろしくておかしい。

 くすくすと笑いながら、フィオは天気の話でもするように尋ねた。


「ねえ、ジョット。レースの結果はどうなったの」

「やだなあ、フィオさん。あれが聞こえないんですか?」


 ふいに、ジョットはフィオの背中とひざに手を差し込む。次の瞬間フィオは抱え上げられた。不安定な姿勢よりも、未成年のジョットにこんな力があったことに驚かされる。

 無意識にしがみつくフィオに、ジョットは目で客席を指した。


「フィーオ! フィーオ! フィーオ! フィーオ!」


 そこでは十万人の観客たちが、一丸となってフィオの名前を呼んでいた。ジョットが客席に向かって歩き出したことで、割れんばかりの歓声に変わる。

 どこを向いても誰もがフィオを見ていた。みんなが笑顔だった。時折シャルルやジョットを呼ぶ声も聞こえて、口々に「おめでとう!」と叫ばれる。


「ジョット、これ……」


 最前列のナビ席で、トンカチが拍手していた。ザミルもピッピもフィオたちを称えている。その後ろ、箱席で跳び跳ねて喜ぶマドレーヌを見た時、フィオはようやくなにが起きたか理解した。


「ジョット、私、わたし……」


 涙があふれてくる。寒くもないのに震えが止まらない。夢じゃないかとせつな湧き上がった不安は、ジョットの目にも涙を見つけて千々とほどけた。


「わたしっ、生きててよかったあ……っ!」

「あたり、前、じゃないですかっ。おれは最初からわかってましたよ……!」




 ドラゴニア新聞記者レ・ミミがしたためたフィオらの優勝記事は、翌日には発行され、数日かけて全世界に届けられた。

 アンダルトの義父母カーター夫妻は、記事を携え友人の墓を訪れた。〈どろんこブーツ亭〉の女主人ティアと〈夕凪亭〉のコリンズ夫妻は、記事を額縁に入れて客に自慢した。

 興味のないふりして、ギルバートとディックは新聞紙を懐にそっとしまう。その同記事で、フィオ・ベネット及びジョット・コリンズは、レースライダーとナビの引退を表明した。


「はい、これ。ジョットにあげる」

「え。なんですか急に」

「ピアスだよ。私たちが使ってた伝心石を加工したんだ。ジョットが水色で、私が黄色ね。今度いっしょに穴あけに行こ」

「フィオさんの瞳の色! ふおおおおっ! しかも俺たちを繋いでた伝心石だなんて最高じゃないですか! ありがとうございます! 一生大事にします!」

「うん。それ、指輪の代わりだから」

「は……?」

「じゃあ、おやすみ」

「ちょっと!? そんなこと言っといて寝かせてもらえると思ってんですか!?」

「コラ! 紛らわしい発言しない!」


 一番星ロードスターに見守られ、夜は今宵も鮮やかに更けていく。








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ここまで長らくお読み頂き、本当にありがとうございます!少しでも楽しんでもらえましたら、作者としてこの上なく嬉しいです。

ささやかではありますが、お礼に後日談を書かせて頂きました。近況ノートに載せますので、よろしければご覧ください!

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ロードスター ~平凡ドラゴンレースライダーですが、伝説の竜王に遭遇しまくり、強火担少年につきまとわれて困ってます~ 紺野 真夜中 @mayonaka_k

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