26 相棒①

「煙が引いてきたぞ」


 誰かが言った。グルトンはうずくまっていた。呼吸は落ち着いているように聞こえる。

 油断なくライフルを持ちながら、フィオはそろそろと近づく。顔を覗き込んだとたん、思わず笑みがこぼれた。


「いっぱい走って疲れたよね」


 暴れ竜はおだやかな眠りについていた。


「ふぃおっ、ふぃお……!」


 ジョットに手を引かれていたディックが、駆け寄ってきた。そのまま胸に飛び込んできた子どもを、フィオはしっかり抱きとめる。

 顔を上げたディックの目には涙があふれ、頬を大粒の雫となって伝っていた。


「ごめんなさい……! おれ、わかってたっ。悪いこと言っちゃったんだってわかってた……! だけどあやまったら、もう言ってくれなくなると思ったから……!」


 嗚咽に震える背をあやしながら、フィオはしゃがんでディックと目を合わせる。なかなか止まらない涙に小さく笑って、袖口でそっと拭ってあげた。


「わかってる、ディックの言いたいこと。私たち口は悪かったけど、楽しんでたよね、あの言い合い。私がクソガキって言ってもディックが笑ってたから、私も安心して言い返せた」

「うんっ。おれも、フィオが言い返してくれるの、好きで……っ。でも言い過ぎて、ごめんなさい」

「もういいんだってば。あなたが無事でよかった」


 乱れた髪を整えてやりながら、笑いかける。するとディックはますますくしゃりと顔を歪め、抱きついてきた。

 恐怖に負けなかった小さな背中を、フィオはやさしく包んで称えた。


「なるほど。フィオさんにののしられたいとは素質がある」

「なんの素質。ていうか、気持ち悪い言い方しないで」


 おだやかな空気をぶち壊され、フィオはジョットをにらむ。間違っても影響されないように、ディックを体で隠した。


「おい! ナイト・センテリュオが戻ってきたぞ!」


 農夫のひとりが叫んだ。フィオはハッと顔を上げる。上空を旋回していたシャルルが、羽ばたきをやめ後ろ脚を突き出し、下りようとしている。

 フィオは足をかばいながら走り出した。シャルルからの視線を感じる。うっすらとだが、うれしい気持ちも伝わってくる。

 私もうれしいよ。

 会いたかったよ。

 心で思いを返した。するとシャルルは、軽やかに着地して、くうんと切ない声でフィオを呼んだ。


「シャルル……!」


 その時、転がっていたキャベツにつまずいて、とっさに足を踏み出した。とたん、またあの激痛が起こる。フィオは唇を噛み、立ち止まった。

 急に激しく動き回ったせいだ。しばらく休めなければ治まりそうにない。


「ベネットさん、それ以上近づくな! ドラゴンの様子が変だぞ!」


 えっ、と目を上げる。するとシャルルは息を荒くし、そわそわと地面を掻いていた。暴走する直前のグルトンと似ている。

 警告した農夫をはじめ、村人たちの間に再び緊張が走る。

 目が合うと、びくりと震えてあとずさるシャルルに、フィオは首を振った。


「そんな……シャルル……」


 顔を覆って目をつむり、自身の内側に耳を澄ませる。また風がゴオゴオと吹き荒れていた。閉ざされた暗がりには、光もぬくもりもない。シャルルの心がわからない。


「私じゃ、やっぱりダメなの……? 私が相棒に相応しくなくなったから、あなたも……」

「違います。フィオさん、よく見て」


 肩に触れられ、振り向くとジョットがいた。少年はにこりと笑って、シャルルを指さす。

 シャルルは翼で顔を隠して、丸くなっていた。フィオはきょとんと瞬きする。これはじゃれているうちに、牙が当たってしまった時に見せていた仕草だ。


「シャルルは怒ってない。怯えているんです。あなたに、嫌われてしまうことに。自分はフィオさんの相棒に相応しくないんじゃないかって、不安に」


 そっとささやいて、手を引くジョットに導かれ、フィオはシャルルに歩み寄る。目の前でしゃがむと、黒い翼がサッと持ち上がり、すぐにまた閉じた。

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