299 新旧ナビの密談

 キースはひくりと体を起こした。振り向いた目は兄を通り越して父親のようで、彼のこういうところは頼もしいと思う。

 クッションが落ちるのも構わず、キースはソファの座面をあけ、早く座れとジョットを急かした。


「なんだ、今になって。まさか足の治療法が見つかったのか」

「いや、悪い。そういう話じゃないんだ。えっと、シャルルから聞いた話って言ったら信じてくれるか?」

「とりあえず話してみろ」


 追及されなかったことに安堵すると同時に、ジョットは面食らう。一般的な相棒同士が読み取れる大まかな感情から、推察した話と受け取ったのか。それともフィオに関することなら、眉つばものでも構わないというのか。

 やっぱりこの人は侮れない。

 キースは最大のライバルだと再認識しつつ、ジョットは口を開いた。


「シャルルが言うには、事故の時嫌な音を聞いたらしいんだ。ムカムカしてグワッとなるような」

「骨笛か」

「マジか。なんでこれだけで即答できるんだよ」

「つまり、誰かがフィオとシャルルをおとしめようとした。その可能性が高いのが、ライバルのライダーたち。当時そういうやつが現場にいたか、確かめに来たんだな?」

「しかも的確。頭いい人ってなんなの。あんたこそ交信能力持ってるだろ……」

「こうしん? なんだそれは」

「あ、いいです。こっちの話です」


 キースの興味はすぐジョットから一年前に移ったようだ。彼は目を横に流して、過去を振り返る。唇に触れながら、確かめるように状況を整理した。


「フィオの名前は今ほど広まってなかったな。ただ射撃だけは当時から一目置かれていた。その線で妬むやつがいたかもしれない。事故があったあの時は、他のライダーから十分な距離を取っていたが。近くには俺とジェネラス……」


 かすかにキースが目を見張った。


「キース?」

「……悪い、ジョット。この件は俺に預けてくれるか」


 彼がなにに気づいたのかはわからない。しかし決意を秘めたような重々しい声と表情に、ジョットは黙ってうなずいた。



 * * *



 ヴィオラは身なりを整えると、バッグを掴んで自室を出た。イライラと力任せに昇降機のボタンを連打する。やっと迎えに来た箱に乗るや否や、髪を払って「ふん」と悪態をついた。


「なによ。キースのバカ。五大国会議とかつまらない行事のせいで、レースまでには時間あるんだからっ。少しくらい羽目外したっていいでしょ!」


 一階の玄関広間に着いても気持ちは収まらず、上等なじゅうたんにヒールを突き刺しながら歩く。ドアマンが恭しく開けた正面扉を潜った時、ちょうど最後のドラゴン便が客を乗せて飛び立ったところだった。


「なんなのよ! 優柔不断の意気地なし! 堅物! あら、やわらかいのか堅いのかわからないわね」


 肩にとまった相棒、小竜科ぺディ・キャットのデイジーもいっしょになって吠え立てる。遠巻きにこちらを見ている人々をにらみつけてやれば、そそくさと相棒ドラゴンに乗って逃げていった。

 ここの空は地上よりやけに広くて、青い。


「もういいわ。歩いていきましょ、デイジー」


 気遣う相棒をあやし、歩き出す。宿の正面に架かる橋を使えば、露店通りまで二十分もかからない。だけどそんな長くない距離も、歩いて川を渡ろうとする人はヴィオラ以外にいなかった。


「そうよね。だってここは浮遊大陸。選ばれた人しか来られない場所だもの」


 キースがヴィオラをそばに置くのは、ナビとしても兄としても、フィオから遠ざかりたかったからだ。それを知っていて、ヴィオラは彼に近づいた。

 ずっと世界を飛び回ってみたかったから。キースがはじめての恋だから。

 腕を絡めても抱きついてもキスしても、彼はヴィオラを拒まない。他の女のぬくもりを覚え、においを身にまとい、目を背けることで義妹いもうとを忘れようとした。

 けれどドルベガの夜も、船上の舞踏会でも、ルーメンレースでも、彼は結局フィオを優先する。この旅のはじまりでさえ、すべては義妹のためだ。

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