102 お誘い②

「ふふっ。気持ちいいと翼をぱたぱたしちゃうのかな? でもダメ。大人しくして?」


 寝室のベッドに半ば乗り上がっているコレリックがいた。フィオがブラシをあてる度に四本の翼腕がむずむず動き、小さな風を起こしている。

 枕はひとつ残らず床に落ち、ゴミ箱はひっくり返って、カーテンは暴れ放題だ。だがフィオはみじんも気にせず、ドラゴンを愛おしげに見つめている。

 その表情に知らず知らず魅せられる。


「あれ、ジョットくん。まだ探検に行ってなかったの?」


 ジョットはハッと我に返った。


「ま、まあ。ていうか、なんでフィオさんがコレリックのブラッシングしてるんです?」

「シャルルにやってあげてたら、窓から覗き込んでたの。だからついでに、うわ!?」


 よそ見するなと言わんばかりに、コレリックにしな垂れかかられ、フィオは下敷きになった。グルグルと上機嫌な鳴き声といっしょに、欲望の感情がジョットへ流れてくる。


「もっとやって欲しいみたいです」

「わかった。わかったからどいて!」


 そこへバルコニーから、シャルルの誇らしげな思念を感じた。するとなにやら気配がわらわらと増える。

 外を見てジョットはぎょっとした。翼竜科マティ・ヴェヒターと植物科ヌー・ムーが、列を作って待っているではないか。二頭は十中八九、ジンのギョロメとトンカチのマシュマロに違いない。

 鳴き声で気づいたフィオは絶叫した。


「わあああっ! シャルル! お友だちを連れてきちゃいけません!」

「たぶん、フィオさんのブラッシングを自慢したいんだと思います」

「ええ? そう言われると断りづらいじゃん……」


 すでにギョロメは嫌な音を立てて手すりにとまっていた。マシュマロも、ジョットの部屋のバルコニーに収まっている。それを見てフィオはため息をついたが、口元はかすかにほころんでいた。

 なんだかんだ言いつつ、最後は許しを与えてくれるフィオの微笑みが、どうしようもなく好きだと胸が震える。


「もう、しょうがないな」


 あくまでも嫌そうな顔をして、コレリックの下から這い出ようとする彼女に、ジョットは手を差し伸べた。蒼天の目にはなんの疑いもなく、豆ができて少し硬い手がジョットに掴まる。

 その心に惹かれるのは自分ばかりではなくて焦るのに、大人の彼女は感情を隠すのがずるいくらい上手い。

 じっと見つめて、秘められた真理を暴きたくなる。


「フィオさんて、目が離せない人ですよね」


 いつもと違う見下ろす位置から笑いかけると、フィオは慌てて手を放しそっぽを向いた。


「そ、それはあなたのほうでしょ」


 その言葉がこの気持ちと同じなら、どんなによかったか。じれったい思いを、ジョットはとぼけた笑みで誤魔化した。



 * * *



「ねえ、ジョットくん。やっぱりやめようよ。舞踏会なんて私踊れないし」

「だいじょうぶですよ。俺にてきとうに合わせてくれれば。せっかくこんなすごい船乗ってるんですよ? 楽しまないともったいないですよ。俺とふたりっきりで、ね!」


 言葉尻を強くしながら、ジョットはランティスをにらみつけた。しかし竜騎士の分隊長には効かず、さらりと笑みでかわされる。


「ふたりの時間を邪魔して悪いね。でも僕は一応、きみの護衛なんだよ?」


 ランティスの言葉にフィオは思い至る。踊りよりももっと、心配するべきことがあった。


「そうだよ! 舞踏会なんて目立っちゃうじゃん。ダメダメ!」

「平気ですって! あいつらに手荒なマネはできませんから、人混みにいれば近づいてきませんよ。それにもうお金払っちゃいましたし」

「有料なの!? 待って、聞いてない! いくら?」


 フィオは足を踏ん張って、手を引くジョットを止めた。子どもに支払わせたままなんて、大人として示しがつかない。

 ところがジョットは、怒ったように眉をつり上げた。


「貸し衣装代が少しかかりましたけど、いいんです! 今夜は俺がフィオさんをおもてなししたいんですから!」

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