第4章 親心と恋心
98 海上宿船バレイアファミリア①
「ねえフィオさあん。あの分隊長を半径二メートル以内に入れないでくださいね」
「なんで」
「俺が妬けますから」
フィオは右手の海岸から遥かにつづく水平線へ目を向ける。今日も快晴。水面は降り注ぐ日差しにキラキラ揺れていた。
雨も少なくなり、夏が近づいてくる。
「ちょっと聞いてます!?」
「もう少しでガラ岬に着くねえ」
「フィーオーさあーんっ!」
肩をガタガタと揺さぶられて、フィオはため息をつく。
「それは無理かもよ、ジョットくん。今から一万二〇〇〇キロ離れた大陸まで、海を渡らなくちゃいけないんだから」
「一万二〇〇〇!? ドラゴンってそんな一気に飛べるんですか!?」
「無理。っていうかまず私たちの体力が持たない」
「だから、海上
並行して飛ぶランティスがにこやかに補足を挟む。フィオの腰に回ったジョットの腕が、なにかを誇示するようにギュッと締まった。
「そう。船の上は狭いから、離れてる余裕なんかないかもってこと」
「そんなあ! フィオさんとくっつけるのは大歓迎ですけど!」
喚くジョットの言葉を聞いて、しまったと思ったのはフィオのほうだった。結局、どっちに転んでもおいしい思いをするのは、ジョットだけなのでは?
名前呼びとランティスの出現にかこつけて、最近ますます距離が近くなってきたジョットを危惧する。気を引き締め直さなくちゃ、とフィオはハンドルを握り込んだ。
「さあさあさあ! ロードスター杯観戦者もそうじゃない人も、一万二〇〇〇キロの遥か先! ルーメン古国へ渡るには、海上宿船団〈バレイアファミリア〉が渡りに船! 大部屋一泊二食つき八〇〇〇ペト! 素泊まりならなんと五〇〇〇ペト! いらっしゃい、いらっしゃい! 個室もご用意しておりますよ!」
反響石から響く客引きの声に包まれた海上宿船は、船倉を含めて八階建ての超大型客船だ。甲板下には竜舎を完備。一階から二階の吹き抜け広間には、飲食店や名産品店の他、音楽や演劇などが楽しめる舞台が並ぶ。
甲板のプールで遊ぶ子どもたちの頭上では、受つけを待つ旅行者たちが列をなしていた。
魔動エンジンを二基搭載し、海上を揺蕩う〈バレイアファミリア〉の勇壮な姿を、人々は動く城と呼ぶ。
「うーん、二等個室で三万ペト……。中部屋よりなんで二倍もするかなあ。せめて二万五〇〇〇なら……」
港町ジンゲートより北上。ガラ岬で一泊したフィオとジョットとランティスは、昼過ぎに海上宿船〈バレイアファミリア〉に到着した。
長い列を待ってようやく受けつけの順番が巡ってきたのだが、フィオは料金表を見て頭を抱える。
「大部屋でいいじゃないですか」
横からひょこりとジョットが口を出す。彼は声を潜めて、これが一番安いですよと言った。
その通り。滞在費がかさむレースライダーの旅は、節約が基本だ。これまでもフィオはなるべく安い宿を選んできた。ここへきて粗末な部屋や寝具を気にすることはないのだが、今は事情が違う。
「大部屋は大人数で雑魚寝なの。しかも部屋に鍵はかけられない。それだと防犯的に困るでしょ」
「確かに不届き野郎がフィオさんに近づいたら大変です」
「そうじゃなくて、あなたのため」
「へ?」
そこへランティスもカウンターに身を寄せて、料金表の中部屋を指した。
「となると、ここも外したほうがいいね。二段ベッドとカーテンで個人空間は確保できるけど、やっぱり鍵がない」
「そうですね。ランティスさんはジョットくんと隣同士で二等個室を取ってくれますか? 私は大部屋でいいですから」
「んなっ! よくないですってば! フィオさんを雑魚寝させといて、俺は個室なんて寝られませんよ!」
ジョットは料金表を横取り、背中に隠した。彼の気持ちはありがたいが、宿代をケチって防犯を無視できない状況の上、節約も続行したい。
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