111 海に棲むドラゴン②

 フィオも男の子をさらった竜鰭科の姿を探した。ところがどうしたことか、比較的目立つ白い体のはずなのに、見つけることができない。

 標的を見失い、シャルルは急く心を持て余して頭を大きく振る。


「焦らないで。水中はわからないけど、あのひれじゃそんなに速く飛べないはず。……ん?」


 プールに目をやり、フィオは違和感を覚えた。本来まっすぐであるはずの縁が一瞬、歪んで見えたのだ。そこになにかあると予想し、フィオは降下しながら照明の発光石をひとつ奪う。

 そして、怪しい空間に向かって投げつけた。

 石はなにかに当たって大きく軌道を逸れる。青い光がせつな照らし出したのは、あの触手ドラゴンだった。


「色を変えられるのか……! シャルル、行くよ!」


 フィオはぴたりと低く構え、グンッと速度を上げたシャルルと一体になり、肉迫する。相手はその気配に感づき、すばやく船のへりへ向かった。


「海に入る気!? そうはさせない!」


 かすかに見える空間の“歪み”目がけて、シャルルは強く羽ばたく。鋭く旋回して相手の前に入るや否や、勢いよく噛みついた。

 しかし手応えはない。

 逃げられた? フィオはすぐにあたりを見回したが、歪みを捉えるのは容易ではなかった。空や海といった暗くてなにもないところに行かれると、完全に同化して見えなくなる。


「フィオさん、ここ! 上です!」


 そこへジョットの声がして振り向くと、彼は甲板の照空灯に張りついていた。発光石の光を束ねた光線は、まっすぐに夜空へ向けられている。

 その光の中に、触手の竜鰭科が捉えられていた。


「最高! そのまま追いかけて!」


 フィオの高揚に応えて、シャルルは一気に飛翔する。

 触手ドラゴンはどうやら、周囲に合わせて体色を変える性質のようだ。つまり照空灯に照らされている間は、白い光に合わせて白くなる。

 加えて、強い光が苦手らしい。ちぎれた海草のように宙を右往左往していた。


「今度こそ……! カサを狙え!」


 男の子を傷つけないよう、フィオは指示を出す。照明を避けて上を取ったシャルルは、前脚の爪をかっ開きカサに押しかかった。

 悲鳴なのか、ギギギッとなにかをすり合わせるような音が、触手ドラゴンからこぼれる。


「動きを止めなくちゃ。シャルル、そのまま下に押しつけられる!?」


 男の子を救出するには、空中は不安定だ。フィオはまず甲板に押さえつけようと考えた。

 しかしシャルルは突然、激しい悪寒に襲われる。それはフィオの肌までもぞくぞくと震え上がらせた。見れば相手のカサと触手の先端がピンクに明滅し、シャルルの首や前脚を這い上がってきている。

 恐れおののき、シャルルは翼を振り乱した。しかし触手はビクともせず、確実に絡みついてくる。


「シャルル落ち着いて! 甲板に向かっ、あぐ……!」


 フィオの足は激痛に貫かれた。

 急なことでハーネスをつけていなかったシャルルには、掴まるところも足をかける場所もない。そんな不安定な状態で慌てるシャルルについていけず、足が限界を迎えてしまった。

 相棒が身じろぐ度に、フィオの足にナイフが突き立てられる。


「シャ、ルル……っ。あ……!?」


 振り落とされないよう、首にしがみつくしかないフィオの腕にも触手が巻きつく。


「フィオ! 耐えろ! 今助けてやる!」


 突風と軽い衝撃を感じたのはその直後だった。顔を上げると銀翼の鉱物科ジェネラスが、竜鰭科の触手を前脚で掻き分けていた。

 その背中に跨がるキースの顔を見て、フィオは安堵の息をつく。


「キース、まずは男の子を! 触手に捕まってる!」

「ああ、わかってる。安心しろ。応援も呼んできた」


 キースが振り返った先には、ホテル従業員と白い制服の船員たちが駆けつけていた。相棒ドラゴンに乗って竜鰭科たちを牽制けんせいしている。そして、四台ある照空灯のうち一台には、ヴィオラの姿もあった。

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