215 石の民 ヒルトップ村②

 唐突に話しかけられ、フィオはチェイスに聞き返す。


「ルーなんとかってとこじゃない。この色男チェイス様が治めるヒルトップの地だと言っている。お前まさか迷子か?」

「うっ。まあそうかも。じゃああなたの正式な名前はチェイス・ヒルトップ?」

「ヒルトップのチェイスと名乗ることは多いが、名前のあとになんで地名をつける? ……いや、そういう名前のほうが便利かもな。なるほど」


 ハッとしてフィオは口を閉じた。ランティスの先祖だからと思ったが、この時代にはまだ家名の概念が存在していなかったらしい。

 そういえばグリフォスに墓を見せてもらった時も、『チェイス』としか言っていなかった。


「まさかこれで墓石の名前が変わる、なんてことは……」


 それはまだ些細な改変だ。しかし余計なことを口走って、歴史を大きく変えるような事態は避けなければならない。フィオは肝に固く命じた。


「お前たちはここまででいいぞ。帰ってゆっくり休め」


 階段を上ったところで、チェイスは連れのふたりを帰した。彼らは族長に深く頭を下げ、フィオには力強くうなずいてみせた。

 なんなの。


「ここが俺の家だ。歩けるか?」


 だいじょうぶだと言えば、フィオは地面に下ろされた。

 ヒルトップ家の遺跡屋敷を思い浮かべながら、チェイスの家を見る。しかしそこには、階段下の家々と変わらない小さな建物が、いくつか並んでいるだけだった。


「正面のは集会所になってる広間。居住区はその奥だ。行くぞ」


 玄関と裏口が吹き抜けになっている建物を紹介し、チェイスは歩き出す。その集会所の前、五重になっている門だけは見覚えがあった。

 集会所の中はなにもない。壁に沿って石の長イスが置かれているくらいだ。家屋というより通路に近い。

 そこを抜けると、渡り廊下で繋がった小さな家が三棟ほど現れる。


「今帰った」


 一番手前の家へ入るチェイスに、フィオもつづく。玄関広間の床は土で、煮炊き用のかまどがしつらえてあった。一段上がる形で石の床へと変わる。

 チェイスは革を編み込んだ靴を脱いでから上がった。しかしフィオは裸足だ。どうしようかとまごまごしていると、チェイスが来て横向きに抱えられる。


「わわっ」

「こうして欲しかったんだろ?」


 にやりと笑われたことは、まさにフィオが勘違いされたくないと思ったことだった。


「はあ?」


 思わず声にどすが利く。


「ははっ。怖いな。それにかわいげもない。石の民の女なら、顔を真っ赤にして萎縮いしゅくするところだ。俺様の美貌に」

「知りません」

「だろうな、邪教の民。だがそこがおもしろい」


 奥へ繋がる通路を横目に、チェイスは右手の通路へと進む。渡り廊下は屋根と柱だけで、ほとんど外と変わりない。

 床石を温める陽光には、オレンジ色が混じりはじめていた。

 フィオはチェイスの言葉で、村で感じた違和感を思い出す。


「石の民の女性って少ないの? 子どももだけど、さっき声がしなかった」

「ドラゴンが襲撃してくるもんで、女子どもは避難させてる。村もずいぶん要塞化させた」


 そういえば、火の見やぐらのような塔がいくつか見えた。それに村の周りはレンガの壁で囲われている。大人が肩車しても届かないくらい高く、その上に通路が築けるほどの厚さだ。

 今も建設中のようで、石のぶつかる音がカンカンと響いていた。


「ドラゴンとの対立が激しくなってるの? どうして」

「はん。今になって慌ててんだろうよ。人間様の脅威にな。俺たちはずっと槍を改良し新しい武器を生み、力を蓄えてきた。やつらの羽音に怯えず眠れるように。その日がきっともうすぐ来る」

「武器なんかなくても、ドラゴンたちとは友好な関係を築ける!」

「わかってるよ。お前のイカれ具合は」


 干し草のすだれを肩で押して、チェイスは部屋に入る。未来から来たフィオには、やっぱり寂しく感じる部屋だ。

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