第188話
◇◇◇
「何事だ!報告しろ!」
エルセナ王都、王城の正門に前に集まっていた帝国軍覚醒者部隊の隊長が声を上げる。先程まで静かだった。あとは最後に残った都市を制圧して逃げた王族を皆殺しにすれば任務完了だった。
なのに今は大規模な戦闘が王都の正門の方で起こっている。そんな音がここまで聞こえてくる。
「私が登って見てきます。お待ちを」
覚醒者部隊の副官が跳躍し王城の壁を駆け上がっていく。彼は〈遠見〉のスキル持ちだ。高い所からなら周囲全てを見渡せる。
しかしそれとほぼ同時に正門を警備していたはずの兵士が王城まで駆け込んできた。
「何があった……報告しろ」
「イルバリ隊長!新手です!おそらく高位の覚醒者と王女アイラが2人で乗り込んできました!」
「…………2人?たった2人でか?その王女はCランクのはずだ。兵士数人で囲めば殺せるだろ?……いやもう1人の覚醒者が守っているの…」
「それだけではありません!人間は2人です!ただそれと同時に全身が闇に包まれたような化け物どもが暴れ回っております!殺しても殺しても一瞬のうちに再生してしまい我々には対処不可能です!どうかお力添えを!」
兵士は膝をついて懇願する。その必死さから隊長であるイルバリは行動する。
「覚醒者総員に命令!」
「「「ハッ!」」」
「これより正門へ急行する。その化け物共は放っておけ。その高ランクの覚醒者だけでも何とかしよう!行くぞ!!」
「「「了解!!」」」
イルバリは前で跪く兵士を横目に走り出す。Aランク覚醒者だけあってかなりの速度だ。他の覚醒者たちも置いて行かれないようについて行く。
この部隊の平均ランクはギリギリCランクだ。隊長であるイルバリと副官がAランク、それ以外の覚醒者たち50名はBとCがごく少数で残りはDランクだ。
イルバリは考えている。高ランクと言ってもSランクがやっとだろう。こんな王国を助ける覚醒者なんて1人しか思い付かない。それはあの黒龍ギルドだ。
国王が死んだ事をもし知っているのなら怒り狂って単騎で乗り込んで来る可能性も作戦の内ではある。あの黒龍ギルドのマスターは自身を竜の姿に変える。
もしその延長線上で黒い化け物と呼ばれる輩を召喚したり操ることが出来るという可能性もないとはいえない。
黒龍ギルドのマスターならこの人数で対応可能だ。だからこれだけの人数を連れてきた。
王城から城壁まで普通の人間であれば走っても数十分はかかる。しかしこの部隊は全員が覚醒者だ。だからものの数分で到達した。
◇◇◇
「これで遠くから矢飛ばしてくる奴らは死んだな。……で、アイラさん…覚醒者がそこそこの人数こっち向かって来てます。俺の後ろに隠れてて下さいよ?」
「私だって……」
やはりアイラは食い下がる。自分たちの国をめちゃくちゃにした帝国兵、それらを率いている覚醒者の集団は最も憎い。だから自分の手で両親と国民の仇を取りたいと思うのは普通だと思う。
ただそれでもダメだ。敵は必ず王族であるアイラを殺しに来る。同じランクの覚醒者同士の戦闘は相性と技量で決まる。しかし相手のランクが格上の場合は相性がどれだけ良くても勝てない確率の方が高い。勝つにはこちら側が複数人いる必要がある。
アイラはCランクだが、向こうから迫っているのはそれ以上の集団だと思う。だからレインと傀儡が戦う必要がある。
「相手にはAランクとBランクが何人かいます。アイラさんでは勝てません。あなたを死なせるわけにはいかないからその傀儡から絶対に離れないで下さい!」
「…………し、しかし」
それでもアイラは引き下がらない。理解はできるが納得は出来ない。
ただアイラも自分の力ではどうする事も出来ない事は分かっている。が、どうしても納得できない。
少し俯き歯を食いしばるアイラの上空から落下するようにそいつらは到着した。思ったより速い。
「こっちへ!」
レインはアイラの手を掴んで引き寄せる。その直後にアイラがいた場所に剣が突き刺さった。
アイラは考え込んでいたせいで奴らの接近にすら気付いていなかった。
「エルセナ最後の王族!覚悟!!」
覚醒者は短剣を両手に持ってアイラに急接近する。コイツは多分Bランクくらいだ。普通ならアイラは勝てない。しかし今はレインがいる。
「……そこの貴様も庇い立てするなら同罪だ!容赦せん……ぞぉっ!!」
その覚醒者の首は落ちた。レインの斬撃に気付くことも出来ずに。
「……海魔、アイラを守れ。俺はアイツらを片付ける」
レインはアイラの手を離す。そして城壁の上をこちらに向かって走ってきている一団の前に立つ。レインが離れた瞬間に3体の海魔がアイラを背にして取り囲む。
やはり覚醒者の集団の脚は速い。さっきの奴はその中でも1番速かったのだろう。今レインの前にはセダリオン帝国から派遣された覚醒者の精鋭集団が武器を構えて立ち並ぶ。城壁の上に乗れる傀儡はほぼ出し尽くしている。
"初めて……だよな?戦争もそうだけど…傀儡に頼らず1人で戦うのは"
「……貴様…何者だ」
覚醒者部隊の隊長イルバリが問いかける。やはりレインの顔は帝国でも知られていない。いや知られているかもしれないが、ここにいるとは思われていない方が正しいかもしれない。
「……名乗るほどの者じゃない。依頼されたから助けに来ただけだ。戦うなら殺すが撤退してくれるなら追撃はしないぞ?」
名乗るほどの者じゃない――レインがちょっと言ってみたかった台詞だ。大国レベルになるとレインの事を知らない人はいない。だから名前を聞かれるのは少し新鮮だった。
「はっはっはっ……言うな?まあいい。私は貴様と一騎討ちを所望する!私の部下をこれ以上無駄に消耗することは出来ないのでな。
そこの王族よりも貴様の方が強いのは分かる。私はこの部隊の隊長だ。降参した方が負けとしよう。正々堂々とやろう。私が勝てば王族は殺害させてもらう。ただ貴様は捕虜とする。人道的に扱うから安心しろ。…………どうだろうか?」
別にどっちでもいい。どうせ降参しても攻撃して来るだろうし、人道的っていうのも嘘だな。正々堂々なんていうのもかなり怪しい。
「いいよ……じゃあ開始の合図をしてくれ」
「……いいだろう」
イルバリは勝ちを確信した。イルバリが持つ少し特殊なスキル〈毒雷〉。その必殺のパターンが完成した。
イルバリが持つ剣に紫の雷が流れる。1日に1回だけという制限があるが、剣がぶつかったものに雷が流れ、その後を追うように毒が流れる。しばらく動かなくなる麻痺毒だ。
イルバリの剣を剣で受ける、向こうの攻撃をイルバリが剣で受け止めるなど、イルバリの剣と間接的にでも接触すれば終わりだ。乱戦ではあまり役に立たず、こうした一騎討ちならば最大限の力を発揮できる。
「…………では!」
イルバリは間に流れる電撃を隠すように構える。一瞬で接近して斬りかかる。剣で受ければそれで勝てる。
「…………レイン様!」
開始の直後にアイラが叫ぶ。
「開始!!」
イルバリが開始の合図を宣言する。……が、そこで気付いた。アイラが叫んだ名前――レイン。
そして理解して後悔する。自分は挑んではいけない人に挑んでしまったのだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます