番外編2-8
グランはその場で尻餅をついた。自分の何百倍も大きさ黒い塊が2つも出現した。
全身鎧の兜の隙間から見える赤い瞳がグランを正面から捉える。そして巨人兵の1体がグランへ手を伸ばそうとする。子供だし魔力もないし、既に敵意も消滅している。
が、ナイフを持っている事に変わりはない。ナイフ如きでは傷さえつけられる事はないが武器は武器だ。レインの指示を待つ事なく巨人兵は少年を握り潰す為にを手を伸ばしたのだった。
"何もするなよ。少年をビビらせたらそれでいい。……そうだな、とりあえずめちゃくちゃ見とけ"
巨人兵はレインの命令を受けて動きを止める。そして顔を少し近付けてすごいジーッと少年を見る。
「……クソ……クソ!クソ!……リサの…リサのために!」
少年グランは自分の震える膝を叩きながら立ち上がる。何という度胸、何という勇気、こんな小さな男の子が好きな女の子のために立ち上がった。
レインが同じくらいの年だったら同じ事が出来ただろうか。
「……すごいな。……少年!これでも俺に向かって来れるなら君の勝ちでいい」
"海魔も出てこい。あとヴァルゼルもだ。ただ何もするなよ?武器は構えていいが、何もするな。少年の度胸を試そう"
レインの周囲に黒い水溜りが広がっていく。レインの強さは既に有名だが、どういったものなのかまで把握している人は少ない。
黒い水溜りから這い出るように黒い化け物が出てくる。整えられていない不恰好な武器を持ちフラフラとふらつきながら少年の方へと向かう。
「うぅ……」
海魔の見た目は正直醜悪だ。傀儡になった事で幾分かはマシになったが、それでも怖い。何回でも言うが、夜起きてコイツがいたら気絶する自信がある。
1体でもかなり怖いのに、そんなのが数十体だ。周囲にいる村人からは悲鳴も上がる。長く巻かれた黒い布の間からは赤い目が発光している。
"うーわ、怖ッ!これで向かってこれたら本物だな"
レインは傀儡が蠢く先に立つ少年を見た。顔は恐怖そのものだ。動けない。そうレインは思った。そもそも少年1人に対して何と大人気ない事か。そう自覚したレインは傀儡を引っ込めようとした。
「負け……負けるもんかぁー!」
少年はナイフを振り上げて走り出そうとした。レインは少年の覚悟を見た。あとは傀儡を本当に引っ込めるだけだったが、余計なことをするのが好きな奴を召喚していたのを忘れていた。
走り出した少年の壁になるように上から全身を漆黒の鎧に包み少年の2倍はある大剣を肩に担いだ奴が上から降って来た。
そして……。
「ガアアアァァッ!!!」
というカトレア戦の時のような雄叫びを上げた。……何で今?
その雄叫びのせいで少年は後ろ向きに倒れて気絶してしまった。本当に何してんの?コイツ?
「…………あれ?死んだかッ」
ズドンッ!――とレインのかかと落としがヴァルゼルの頭頂部を捉えた。スキルを使ってなかったヴァルゼルは頭が地面に深く減り込む。
「マジで……お前何してんの?」
頭だけが地面に埋まり土下座のような体勢になっているヴァルゼルはモゾモゾとしている。
「…………ブハッ!旦那よぉ、あれで負けを認めたらいけねぇぜ?……それだとこういう手のガキはナイフ持って暴れたら思い通りに行くって学習しちまうからなぁ。
相手が同じガキならまだしも、旦那は神覚者ってんだろ?ガキがナイフ1つ振り回したら神覚者が負けを認めた?舐められちまうぞ?」
「そんな事になるか?まだ子供だぞ?」
「そんな子供が好きな子のためにナイフ持ち出してんだぞ?旦那には刺さりすらしねえが、普通の人間なら簡単に殺せるんだぞ?…………旦那もいい感じに麻痺してきてるぞ?好きな人を取られたくないからナイフを取り出す?普通に考えてバカだろ?目え覚ませ!」
「…………確かにな。……ちゃんと言っておくか。とりあえず消えろ」
「へいへい」
それだけ言い残し、傀儡たちは影の中へと消えていった。その場には倒れた少年とレイン、2人を取り囲むように村人たちが集まっている。
「…………こっちへ」
レインはこの少年の両親を手招きで呼ぶ。2人は大慌てで走ってきた。母親は倒れた少年を抱きかかえ、父親はレインの前で跪く。
「この少年は俺のスキルを前にしても引かなかった。その勇気に免じて今回は許す」
「……あ、ありがッ」
「ただし!人にナイフを向けて自分の要望を通そうとする子に育てるなよ?もう遅いかもしれないがな。もしこの子供が何かやった時は次こそ全員を処罰しよう。村全体で教育し直せ。…………分かったか?」
「「はい!!」」
両親は揃って返事をする。これでまともな大人になってくれればいいが……そもそもまともって何なのかレインにはよく分からないが、何とかしてくれるだろう。
◇◇◇
結局、護衛もせず、薬草採取もいかず、少年を気絶させたくらいしかやってないレインは帰路につく。もうリサとその母親以外の村人はレインに対して恐怖くらいの感情しか持っていないのが分かったからすぐに帰る事にした。何とか助かったけど、次はないとほぼ全員が自覚していたようだ。
帰る時にリサが半泣きで引き止めてきたが、その後ろにいた村人たちの表情が何とも言えないものだったのが頭から離れない。
「神覚者様……お疲れのようでしたらお眠りになってはいかがでしょう?テルセロの近くまで来たら起こしますので……」
そうサーリーが提案する。別に疲れて眠いんじゃなくて村人たちの早く帰ってほしいなぁ……でもそんな事言えないよなぁ……みたいな表情に落ち込んでいるだけだ。
「……じゃあそうさせてもらうよ」
「はい、おやすみなさいませ」
そう言ってレインは目を閉じた。基本的に普通の人には歓迎される事が多かったレインにとってあの微妙な空気は初めてだった。不完全燃焼感は否めないが、なんか心が疲れたので本当に寝る事にした。
ダンジョン攻略以外の依頼はしばらく控えたいと思うレインであった。
シャーロットに王城へ呼ばれた日まであと8日。
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