番外編2-7






 そして子供が1人叫んだ。レインに石を投げたのはその少年だった。村人全員の視線がその子に集中する。


「…………グラン?」


 リサが呟く。グランという名前なのだろう。


「友達か?」


「……ううん……いつも私に意地悪する嫌な奴なの。私のこと嫌いなんだと思う。だから私も好きじゃない」


 そう言ってリサはレインのお腹に顔を埋める。それは……嫌いだからじゃないと思うが、まあ今はいいか、とレインは思う。


 とりあえず石を投げて来た事に関しては危ないぞと怒らないといけないのでリサを離してその少年の元へ歩く。


「さっさと帰れ!」


 少年はもう一度石を投げた。石は綺麗な放物線を描いてレインの頭へと向かう。レインよりもコントロールが良いかもしれない。


 "まあ当たりはしないけど"


 レインは石を受け止める。そして力を少し入れてバキバキと音を立てて握りつぶす。


「帰れ!リサを離れさっさと帰れ!」


 少年がもう一度石を投げようとした時、その手を叩いて止める人が出て来た。


「神覚者様!!どうかご無礼をお許しください!」


 出てきた女性がレインの前に跪く。頭を地面に擦り付けて許しを乞う。その横には男性がいた。少年の手を叩き、持っていた石を捨てさせた。


「私たちが2度とこんな事をしないように厳しく躾けます!どうかお許し下さいませ」


 その男性も頭を下げた。この2人は少年の両親だ。


「えーと……サーリー…こんな時ってどうしたらいいんだ?」


 レインは横に控えているサーリーに問いかける。そんなに謝られるとは思ってなかった。レインは別に気にしていないが、阿頼耶がここにいたらとんでもない事になっていただろう。連れてこなくてよかった。


「神覚者様に対する無礼は国家反逆罪と同義となり即死罪となります。相手の年齢や性別は関係なく、どうするかの判断は神覚者様に全て委ねられます。さらに付け加えるならば、死罪となる対象は無礼をした者の家族や近縁の者、監督する者も含まれます」


「………………へ、へぇ…」


「なのでこの場合はそこの少年とその両親、子供は村全体で監督するものという考えもありますから、この村全員が対象となります」


 サーリーの無慈悲な回答に村人たちは戦々恐々となる。しかし誰も異論を叫ばない。叫べば死ぬと思っているからだ。レインだけがどんどん取り残されて置いていかれる。勝手に盛り上がらないでほしい。本当に。


「どうか……どうかお許し下さい」


 少年の両親は必死に謝罪する。


「別に俺は……」


「お前!俺と勝負しろ!!俺が勝ったらリサを諦めて帰れ!」


 許す雰囲気を少年がぶち壊した。もうどうやったら収拾つくのか分からない。もう本当に勝負したら良いんじゃないだろうか。『決闘』をやるか!もう!


「グラン!!」


 父親の方が少年の名前を強く呼ぶ。これがレイン以外の神覚者や王族なら即殺されていただろう。


「…………はぁ…分かったよ。君の望むようにしよう。『決闘』でいいか?」


「そ、そうだ!その選択を後悔させてやる!」


 少年は背中の方からナイフを取り出した。ズボンにでも挟んでいたのだろうか。魔力も感じない。料理用の小さなナイフだ。レインの皮膚に突き立てても刺さらない代物だろうな。あとそんな言葉はどこで覚えたんだろうか。


「勝負するのはここでいいかい?」


 レインが立つのは村の中央広場みたいな所だ。いい感じに広い。組合本部の訓練所よりは少し狭いくらいだ。


「さっさと準備しろ!」


「はいはい」


 レインは刀剣を召喚する。向こうもナイフを持ってるんだからこっちも剣は召喚しないといけない。少年が勝負を望むなら好きにさせればいい。


 本当はリサの事が好きでレインに引っ付いていたから嫉妬したんだろう。だからこんな事をしているんだとレインは予測がついていた。


 "何とも微笑ましいな。村人の顔は絶望してるけど"


 もうこの少年が何をどうしようと関係ない。神覚者への侮辱行為は死罪だ。村人全員の命はレインの手のひらの上にある……とみんなは思っていた。ただしレインは除く。


 これから村人全員、神覚者への不敬の罰として殺される。つまりこれは少年が神覚者に勝てば許されるという勝ち目のない勝負、1つの戯れだとここにいる全員が思っていた。ただしレインは除く。


 そしてリサと同じくらいの歳、10歳にも満たない少年と世界最強と呼ばれる『傀儡の神覚者』の決闘が始まる。

 


◇◇◇

 


 "はあー何でこんな事に……。何で俺はエリスよりも歳下の子供相手に剣を出してるんだろう"


 冷静になってみると何をしているのか分からなくなっていた。当然、殺す訳にもいかない。ただナイフを向けられている以上対応はしないといけない。


 レインが全力で力を抜いたとしても殴れば死んでしまう。多分軽く叩くだけで重症だ。本当にどうしよう。


「…………どうしたもんか」


 村人で出来た輪の中心で少年とレインは向き合う。みんな絶望し、諦めている。


「神覚者様、戦意を喪失させてはどうでしょう?」


 レインの後ろにいるサーリーが提案する。戦う気が無くなればいけるか。


「それ……いいな。傀儡で制圧しようか。俺がやると本当に死んでしまうだろうし」


「行くぞ!!うわぁぁあ!!」


 少年はナイフを前に突き出してレインへ走り出す。その度胸はどこから出てくるんだ。レインでもそんな勇気はなかった。


「巨人兵」


 レインの背後に全身鎧を纏う巨大な黒い騎士が出現した。しかも2体だ。


 これ以上召喚すると村人を踏みつけるかもしれないし、家も壊してしまうかもしれない。最初は水龍にしようかと思ったけど、村人、家全てをぶっ壊しそうだからやめた。そして少年はそんな巨人兵を前に動きを止めた。

 

 15メートルの黒い重装鎧の騎士が出てきたら、子供も大人も覚醒者だって一旦止まるよな。


「う…うあ…ああ……」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る