第139話









「……魔法系統と近接系統の最高位の職業クラスを納めているのですか?俄には信じられませんが……あとレインさんに密着しすぎです。ここはダンジョンですよ?」


 確かにアルティはレインと肩組んでいる。ただレインにとってはあの場所での日常でもあったから特に気にしていなかった。


「なんだい?私が私のレインと何をしようが勝手だろう?ついでに言うなら私ならこのダンジョンをクリア出来るぞ?最強だからね」


 そう言ってアルティはさらにレインへと密着する。腕を首に回して頬をレインに引っ付ける。


 ただレインは抵抗していない訳ではない。どちらかというと全力で離れようとしているのだが、アルティの腕力がそれを阻止する。


〈強化〉のスキルを持ってしても全く微動だにしない。そしてニーナの表情は見た事ないものになっていった。


 "ヤバイ……めちゃくちゃ怒ってる。凄い目でこっちを見てる。矛先がこっちに来る前に何とかしないと"


「ア、アルティ……早くダンジョンをクリアしてくれ。あとニーナさんは俺に良くしてくれてる。嫌な事は言わないでくれ」


「む?……まあ仕方ない。確かにあの時もレインを助けてくれていたね。ならお礼くらいはした方が良さそうだ。……ほら!!幸せを噛み締めな!」


 アルティはレインを離して、突き飛ばした。突然のことでレインは反応できない。ニーナもレインが飛んできたら太刀を抜くわけにもいかずに固まった。


 そして見事にレインはニーナとぶつかり、ニーナを押し倒す。押し倒すというよりレインがニーナの胸に飛び込んだ形だ。防具を付けてはいるが、女性らしい柔らかさを顔面に感じながら一緒に倒れ込んだ。


「ひゃっ!……レ、レインさん?!」 


「す、すいません!すぐに退きま……」

 

 しかしレインの身体は全く動かない。むしろニーナの胸へ向かって顔を埋めていく。


 "なんだ?!身体が動かない。指一本動かせない。全身を何かで無理やり押さえつけられている。それに何だ?この音は?何も聞こえない!…………こんな事が出来るのは……"


「レ、レインさん?!」


「今、コイツは私のスキルで縛り付けられいる。いくらレインが強くなったからといって私のスキルから逃れられる程じゃないよ。あとついでに耳も封じておいた。今なら何をしても、何を言ってもレインには聞こえない」


 レインが押さえつけられているなら、レインの下にいるニーナも動けない。


「あ、あなた……一体何を?!」


「貴方じゃなくてアルティだ。ニーナといったね?よろしく。……ニーナってさ」


「こ、このまま話すのですか?」


 ニーナは焦る。この状態を他の誰かに見られたら勝手な憶測を立てられてしまう。


「レインの事、好きだよね?」


「え゛?!え゛?!……な、何の事ですか?!」


「安心しな。今レインは何も聞こえないようにしてある。否定しなくていい」


「す、好きとか……そういうのは……ない…です」


「そうなのかい?私は好きだよ?レインの事。愛しているし、私が自由に外を歩けるようになったら絶対に結婚する。レインの望む事は何でもしてあげるし、いずれは子供も欲しい。……出来るか知らないけど」


「なっ?!こんな時に何を言っているんですか!」


「こんな時しか話せないからね。ニーナは他の女と違ってレインの力よりも内面を見ている面が大きい。だから伝えようと思ってね」


 アルティの真剣な目にニーナもただ黙って聞く。


「レインはエリス以外は基本的に信用していない。これまで人から無償で何かをしてもらった事がないからね。エリスの分の食べ物と薬の為に、死ぬ気で働いていた。 

 暇つぶしに殴られ、挨拶の方に罵詈雑言を投げつけられ、終いには金で釣られ、騙され、殺されかけた。

 それでもこの子はエリスの為だと必死に自分の心を殺し続けて耐えてきた」


「…………………………」


「そんな耐え続ける日々はもう終わってるのに、これまで続けていたせいで抜け出せない。…………私は側にいるけど、側にいてられないんだ。アンタは他のレインの力と名声を目当てに擦り寄ってくる奴らとは違うからね。この話をしたんだ」


「…………はい」


「あとエリスの存在に気を付けな?」


「それは……どういう……」


 アルティの突然の言葉にニーナは困惑する。


「レインは人を信用しない。いや、しないというか出来ないというか…信用の仕方が分からないが正解かな?

 あの使用人たちでようやく土台に立てただけだろうね。レインの人との唯一の繋がりはエリスだ。もし他の連中がレインを手に入れる為にエリスへ矛先を向けた時、この世界は終わると思った方がいい。

 レインは味方であれば比較的優しいが、敵となれば容赦なく撃退する。もしエリスが傷付けられたと分かれば相手が女、子供であっても、貴族であっても、国家そのものであったとしても手加減なく凄惨に殺すだろう」


 殺す――という言葉が大袈裟ではないと理解する。しかしそんな会話を邪魔するようにモンスターが上陸した。ここにはレインとニーナがいる事はリグドが他の覚醒者たちに伝えていた事もあり、ここには誰もいない。


 だから迎撃する者もいないからモンスターたちはアルティたちへと迫る。


「……エリスはこれから学校に行くんだろう?そこで何かあったら終わりだ。何も起こさず、平穏に学校生活を送れるようにアンタが頑張らないとね」


「分かりま……アルティさん!後ろにモンスターが!」


 会話に夢中になりアルティの背後まで迫るモンスターに気付くのが遅れた。


「おい……ゴミども、今私が話してるんだ。あとでちゃんと殺してやるから邪魔するなよ」


 ここでアルティは抑えていた魔力を解放した。漆黒の魔力が島全体を一瞬で覆い尽くす。抽象的にしか魔力を察知できない覚醒者たちであっても気分が悪くなるほど重く、圧倒的で、これから自分が死ぬという事を認識させる程だった。


 その魔力の影響は覚醒者たちだけじゃない。目の前に迫るモンスターたちにも与えていた。ダンジョンのボスによって作られたと推定され、アルティへと迫るモンスターたちは小刻みに震えながら後退していく。


 

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