第1章 炎の国『イグニス』〜今こそ覚醒の時〜
第1話
バキッ!!
「てめぇはクビだ!!2度と俺たちの前に姿を見せるな!」
柄の悪い大男に殴り飛ばされた。
「……はい、お世話になりました」
男はそうしか言えない。吐き捨てられる様に小銭を投げつけられ大男たちは去っていった。周囲の視線が突き刺さる。ヒソヒソ声が男の全身に突き刺さる。
しかし男にとってそれは日常であり、頬の痛みも口の中に広がる血の味も慣れたものだった。その男は小銭を拾いながら呟く。
「はぁ…またか。これで何度目だろう。でも報酬はちゃんと払うんだな」
去っていく男の背中を見ながら落ちていたお金を拾い集め少しだけ微笑む。報酬すら支払われない事もあったからだ。
ちゃんと取り決め通りにお金を貰えただけで満足だった。
今回の役割も荷物持ちだ。まあほぼ荷物持ちしか出来ないが……。
無事にクエストを終え、モンスターの素材を売却する際に腕に限界がきて落として床にぶち撒けた。
幸いにも傷は付いていなかったからあの一発で済んだが、傷ついて価値がなくなっていたらあれだけじゃ済まなかっただろう。
「……これで今月のポーション代は稼いだな。……はぁ…腹減ったな」
振り返り家へ帰ろうとする。
「おーい!レインー!」
誰かに名前を呼ばれ、その男、レイン・エタニアは振り返る。誰に名前を呼ばれたのか一瞬考えたがすぐに分かった。
"……この声はあいつだな。"
レインのことをちゃんと名前で呼んでくれる人は少ない。
「……アッシュ」
数少ないレインが友人と呼べる人だ。
「……どうしたんだよ?その顔」
アッシュは心配そうに尋ねる。レインの右頬には拳くらいの大きさの痣が出来ていた。
「あ、ああ…ちょっと色々あってね」
レインは何となく話すが、恥ずかしくて誤魔化した。荷物持ちすらまともに出来ず、殴られて投げつけられた小銭を必死に掻き集めてた……なんて言えない。向こうは察しているかもしれないが。
「それより……何か用か?Dランクの冒険者になったんだろ?俺なんかに構ってる暇なんかないだろ?」
レイン自身もこの言い方は無いなぁと思った。ただ本心からこんな言い方をしたい訳じゃない。ただ純粋にレインの事を心配しただけの言葉なのに。
アッシュはいつも綺麗な色をしている。
アッシュは覚醒者となる前からの付き合いで唯一レインたち兄妹に親切にしてくれる存在だ。しかしレインに起きたさっきまでの出来事がこの言葉を吐かせた。
「まあまあ……そう言うなよ。今日は仕事を持って来たんだよ」
「……仕事?」
「そうそう……と言っても俺のパーティーじゃないんだけどな。レインって荷物持ちの仕事を多くこなしたから筋力は凄いだろ?」
「そうでもないよ。覚醒者としてはFランクの最底辺だ。覚醒してない一般人よりも若干強いくらいだし……」
「それでもシングル覚醒じゃないか」
『覚醒』と『シングル』
一般人と覚醒者の違いは魔力を見る事が出来るかどうか、そして魔力が込められた武具を扱う事が出来るかどうか……この2つくらいだろう。
そしてシングルとは年齢が1桁の時に覚醒した人のことをそう呼ぶ。
覚醒した人はその年齢で期待度が変わる。どのタイミングで覚醒するかは不明だが、若ければ若いほど良いとされてる。
その理由は20代、30代で覚醒するよりも1桁の年齢で覚醒した方がその分訓練を受けられるからだ。
まだ精神も肉体も完成していないから訓練次第で上位ランクも目指せる。
しかしある程度、歳をとっていると既に完成してしまっているから成長の幅が狭いとされている。
だから1桁の年齢で覚醒した人は期待を込めて『シングル』と呼ばれる。
特にレインは生まれつき魔力を見る事が出来た。さらに色も見えた。その色の意味を理解する事で他の覚醒者よりも魔力をずっと詳しく見る事が出来た。
しかし魔力に色があるなんて言う人はレインくらいで誰も信じなかった。覚醒後の魔力測定でFランクになってからは扱いも酷いものだった。
「シングルでも結果がこれだからな。それで?どこに行けばいいんだ?」
「まだ荷物持ちしか言ってないけど……いいのか?」
「仕事を選んでられないからな。学も技術も力も魔法もない俺は『覚醒者』の肩書きにしがみつかないと駄目なんだ。妹だって最近調子が良くないし」
「エリスちゃんが?!」
エリス・エタニア。レインの唯一の家族だ。昔は元気だったのに数年前にいきなり倒れた。その日から身体機能を失い続けていてずっと苦しんでる。
治療する為には神話級のポーションが必要だ。
頼み込んで調べてもらった情報ではこれでしか治療できた例はないらしい。ただそれも確かなものでなく神話級ポーションは全ての病気を治療可能といわれているだけだ。
神話級ポーションは豪邸がいくつも建つくらいのお金が必要だと思う。
そもそも神話級のポーションなんてどこにあるのかすら不明だ。
世界中で同じような症状の人は何人かいるらしいという情報もある。しかし原因が分からずエリスは2年前に光を失った。もう杖がないと部屋の中を歩く事も出来ない。外出なんて不可能だ。
でもあの子は諦めずに1人で大体の事が出来るように努力して実現した。眠れないほど苦しいはずなのに……。
「……俺がエリスより先に諦める事は出来ない。どこに行けばいいんだ?」
「出発は今日の昼過ぎだ。場所は西門で俺と同じDランク覚醒者のパーティーがソロの荷物持ちを探していたから声をかけたんだ。時間帯も急だからか報酬も良かったからな」
「そうか…ありがとう。行ってみるよ」
「気をつけてな」
レインはお礼を言ってアッシュと別れて西門へ向かう。
さっきの荷物持ちの報酬は12,000Zelだった。回復ポーションは最下級でも一つ10万Zelもする。荷物持ちの仕事もそこまで多くないから稼げる時に稼いでおかないと。
◇◇◇
レインは小走りで西門へ向かいすぐに到着した。アッシュが教えてくれたのは荷物持ちを募集していたという情報だけだ。レインが向かっている事をそのパーティーは知らないかもしれない。
"到着した時にもう締め切ったなんて言われたらただ疲れが増しただけだな。頼むからまだ募集しててくれよ"
西門に到着して辺りを見回す。それらしき人はいるがどれも確信が得られなかった。
「……君がレインか?」
後ろから声をかけられた。
「そうです。アッシュの紹介で来ました」
振り返ると冒険者風の男がいた。軽鎧に身を包み剣を腰から下げている。
なんで自分の名前を知っているのか……なぜ自分がレインだというのが分かったのか……色々と疑問はあるがアッシュが事前に説明してくれていたのとだと自分を納得させた。
報酬が良ければ今度何かお礼しないといけないな。
「そうか…よろしく。早速だが説明するぞ?」
「え?……あ、ああ…はい」
自己紹介もなくいきなり仕事の説明か。まあこういった事もあるか。
「報酬は10万だ。場所は黙ってついて来てくれればいい」
「10?!」
「そうだ。成功報酬としてもう10万渡す準備もある。……どうする?」
「…………………」
10万?そして荷物持ちの成功報酬がさらに10万?という事は荷物持ちの仕事で失敗なんてないから実質20万?
大丈夫なんだろうか。怪しい仕事にも感じる。…………でも。
脳裏にエリスの顔が浮かぶ。金がない。あの子を治すにはもっともっと金がいる。それに美味しい食べ物も綺麗な服も何も買ってやれてない。
俺のようなFランクの中でもさらに才能もない雑魚には組合も仕事を振るどころか所属すらさせてくれない。
ボロ屋となんとか俺1人が暮らせる給金を渡してくるだけだ。
「……行きます!お願いします!」
「分かりました。……では行きましょうか」
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