第192話






 阿頼耶は叫ぶに近い声を出す。それだけで本当に良くない事態に陥ってると理解できた。


「何があった?」


「…………アメリアさんが1人で外出中にイグニスに侵入していた帝国兵と思われる輩に襲われ重傷です。回復スキルは使用しましたが……目を覚ましません。そして屋敷にも襲撃がありましたが、これは撃退し……レインさん!」


 阿頼耶が言い切る前にレインは移動する。


「お前はイグニスの兵士が来てから家に戻って来い!!俺が急用で国に帰った事も伝えるように言っててくれ!」


 レインは本気で飛んだ。一瞬で王都の城壁の上に辿り着き、遠くにある傀儡の気配を感知してその方向、テルセロへ向けて再度跳躍した。


 その衝撃で城壁の一部が壊れる。ただレインにそんな事を気にする余裕はない。あとで修理するための費用や物資を支援すればいい。


 そんなことより回復スキルを持つ阿頼耶がいたのに重傷だと?


 全力で走るレインの脳内を嫌な言葉だけが支配する。阿頼耶の回復スキルは死んだ者には効果がない。レインはそんな考えを本気で走る事で振り払う。


 "…………なぜだ?なぜ傀儡が発動してない?いや発動したのか?……帝国軍を撃退する時に全ての傀儡を召喚していた。だから気付かなかったのか?

 屋敷に襲撃?カトレアはどうした?やっぱり阿頼耶の話を聞いておくべきだったか?……ダメだ。一刻も早くアメリアの元へ行かなければ"


 レインはただ走る。レイナを抱えて走った時よりも遥かに速い。蹴った地面がどうなろうと知った事ではない。レインの後ろの街道はガタガタになっていた。



◇◇◇



 バンッ!――とレインはその部屋の扉を勢いよく開ける。ここまで1時間だった。馬車だと数日必要な距離を1時間で走破した。ただし呼吸もままならないほど疲弊してしまった。


「はぁ……はぁ……アメ…リア……アメリア!」


 レインは息を切らしながらアメリアの部屋に入った。そこにはみんながいた。クレアはさっきまで泣いていたようだ。目の周りが赤くなっている。ステラは怒りに満ちた顔をしている。サーリーたちは今も泣いている。


 ベッドの上には頭に痛々しい包帯が巻かれたアメリアがいる。その傍にはエリスがいた。アメリアの手を握っている。


 レインはすぐにアメリアの横まで駆け寄る。寝ているようだ。息はちゃんとしている。


「…………容体は?助かるんだよな?」


 レインは問いかける。


「……分からない…そうです。頭に強い魔力攻撃を受けたせいで……昏睡状態で……。もしかすると……もう目覚めないかもしれないって…治癒士の人が……うぅ……」


 クレアは説明の途中で泣き出してしまう。でもアメリアの状態は理解できた。次は何があったかだ。


「ステラ……何があったのか教えろ。俺が仇を取る」


「はい……姉さんは買い物中に背後からいきなり頭を殴られたようです。殴ったのは覚醒者でした。姉さんはそのまま近くの壁に頭からぶつかり……倒れました。

 その姉さんを襲った奴らはその後に召喚されたレインさんの駒によって殲滅されたようです」


 ステラは歯を食いしばる。怒りを抑えるのに必死のようだ。アメリアを襲った奴らは死んだ。だからこの怒りをどこに向けたらいいのか分からない。


「屋敷が襲撃にあったと阿頼耶が言っていたけど、それはどうなった?」


「…………はい、ですが侵入されてはいません。姉さんの件もあり、すぐに厳戒態勢が敷かれました。

 その中で周囲を巡回していた兵士の方が襲撃前に発見したようです。屋敷の近くで斬り合いになり、それを察知したアラヤさんが応援に駆けつけて敵を皆殺しにしてくれました。……ただ」


「ただ……なんだ?」


「レインさんも知っている兵士の方だと思いますが……ノスターさんという方が片目と片腕を失う大怪我を負いました。生きてはいますが……兵士としてはもう戦えないそうです」


「…………そうか。ノスターには一生困らないだけのお金を渡しておいてくれ。断っても無理やり渡せ。希望があれば全て叶えてやってくれ。他には……カトレアはどうした?いないのか?」


 レインは周囲を見渡す。いないのは明らかではあるが、念のためだ。だが、やはりいない。

 

「カトレア様はエスパーダに帰還されました。何でも緊急招集があったとの事で……。しかしその代わりにこれをみんなに渡してくれました」


 ステラは身に付けていた指輪をレインに見せる。薄らと魔力が漂っているのが分かる。魔道具だった。


「これは?」


「はい、カトレアさんが作った防御用の魔道具らしいです。Aランク覚醒者くらいの打撃や魔法を一度だけ完全に無効化できる魔法が付与されているようです。

 ……私がこれを受け取った時に……すぐに姉さんを探しに行って……渡せば良かったんです。そうすればこんな事には……」


 ステラの顔は怒りから後悔に変わる。カトレアは本当に色々してくれた。この魔道具だって本来なら数億はするだろう。


 それをここから離れないといけなくなったからと使用人全員分を用意してくれた。次会う時は必ずお礼しないといけない。


「後悔しても仕方ない。ただ俺には分かるよ。アメリアはこんな事で死んだりしない。すぐに目を覚ますさ。……他には何かあったか?」

 

「…………あとノスターさんたちが殺害した兵士の1人が……これを持っていたそうです。セダリオン帝国皇帝印が押された封書です」


 ステラがレインに1つの手紙を渡す。封蝋がされたままだ。レインは受け取る前に開けてもらう。


 内容は……。




――今貴様の目の前に転がっている使用人がそうなったのは我が国の内政と軍事行動に干渉した報復である。


 もしこれ以上我々の邪魔をするならば次はセダリオン帝国軍全軍を持って強力な対抗措置を取る。貴様の家族、使用人、そして街全体が火の海となるだろう。


 我々には神覚者に対抗するだけの戦力と覚悟がある。その覚悟を試すような愚かな真似は自らの首を絞める事になる。


 これ以上犠牲者を増やしたくないならば大人しくしている事だ。我々に敗北はない――



「…………………………」


 レインは手紙を引き裂こうとした。しかし僅かに残った冷静な自分がそれを止める。これは証拠だ。残さなければ。

 

 レインは手紙をサーリーに渡す。サーリーはそれが何を意味するのか理解し、両手で受け取りすぐに箱に移す。


「………はぁ…うぁ…クソ……クソ…が…よくも…よくもやりやがったな…帝国のクソどもが…」


 レインの怒りは頂点に達した。怒りで身体が震える。歯がガチガチと音を立てる。その音すらうるさく不快だった。怒りで頭がおかしくなりそうだ。


 この煮えたぎる怒りを鎮める方法は1つだけだ。この手紙の主はこちらを全軍で攻撃すると言っている。ならばその全軍を皆殺しにしてやる。


 降伏も認めない。撤退も許さない。逃げる奴も武器を取る奴も凄惨に殺してやる。特に皇帝とその一族はより残酷に殺す。自分が考えつく限りの拷問をしてからゆっくり殺してやる。


 セダリオン帝国は禁忌の扉を開けた。レインの事を知っている者であれば、それをしようとすら考えもしない事をやってしまった。

 禁忌の扉に触れるだけでも恐れ多い事なのに帝国はその禁忌の扉を破壊した。


 帝国が生き残るという道は確実に閉ざされていく。帝国が自ら閉ざしていく。それも全て自業自得だ。


「…………エリス」


「お兄ちゃん……どうしたの?」


 エリスは眠るアメリアの方を見ながら返事をする。色々重なってしばらく帰ってなかった。久しぶりの会話がこんな事になってしまった。


「行ってくる」



 

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