第193話
レインはそれだけ言う。これ以上の言葉はいらない。エリスは頭の良い子だ。これから自分の兄が何をするのか理解できる子だ。
「…………うん、いってらっしゃい。頑張ってね。絶対にやり遂げてね!」
エリスはそこで初めて振り返る。泣き腫らした目が痛々しい。そしてレインが行う事をやり遂げろと言った。
「すぐに戻るよ…………ステラ、クレア2人は歩きながら話そう。セラ、サーリーたちはアメリアの世話をしてくれ。頼むぞ?」
「「かしこまりました」」
サーリーたちは1列に並び頭を深く下げた。そしてレインとステラたちは部屋を出る。
「ステラ」
「はい」
「阿頼耶をここに呼んである。俺が戻るまでここを守れ。何が起こるか分からない。阿頼耶と2人で敵からみんなを守れ」
レインは分身した阿頼耶に魔力を一気に流し込んだ。おそらくもうこちらに向かっているだろう。阿頼耶なら数時間で着くはずだ。
「了解です!」
「……で、クレア」
「……はい」
「俺が戻るで極力外に出るな。食料もお金だけ渡して兵士に買いに行かせたらいい。無理でも護衛してもらえ。素性の分からない人間は誰もこの家に入れるな。……それでエリスだ。あの子はアメリアが起きるまで側を離れないとか言い出しそうだ。
だから無理やりにでも寝させてやってくれ。クレアはあの子のいい友達だ。世話してあげてくれ」
「はい!」
「2人とも……アメリアは必ず良くなる。今は少し疲れて休んでいるだけだ。……だから今は2人がこの家とみんなを守るんだ。俺が戻るまで……頼んだぞ?」
「「はい!!」」
そう言ってレインは家を出た。綺麗に手入れされた庭が目に入る。本当に怒っている。これほどの怒りは今まで経験した事がない。
でもステラたちにこの怒りを向けてはいけない。悟られたくもなかったが……それは無理だった。
レインは庭を歩き正門の所へ来る。いつものように兵士が扉を開けてくれる。
「行かれるんですね?」
そう問いかけた兵士はこれからレインが何処で何をするのかを察していたようだ。
「そうだ。だから頼みがある」
「何なりと」
その兵士は軽く頭を下げる。今まで出会ってきた兵士とは全然違う落ち着きがある。でも今はそれを気にする余裕もなかった。
「費用は全て俺が払う。だから俺が戻るまで屋敷の警護を頼みたい。10人くらいは追加で頼みたい」
「承知しました。では精鋭かつ最古参の『近衛部隊』から15名、『王都防衛隊』の精鋭60名と『王立護衛隊』から240名、計315名を動員しましょう。……と言いましたが、実はもう到着しているんです。既に屋敷周辺の巡回警備とテルセロ内の各地点にも兵を配置しております」
「…………そう…ですか」
いくら何でも早過ぎだし、やり過ぎじゃないか?とレインは思う。神覚者の頼みとはいえここまでするか?シャーロットが動いたのだろうか?もちろん助かるのは助かるが……そしてこの人は何者だ?
「はい、そして神覚者様の疑問にも簡潔にお答えしておきます。申し遅れましたが……私は王都『アルアシル』防衛隊の司令官を仰せつかっております、シェイン・ルト・ディアフィギルといいます。
普段は王都の執務室に篭っておりますので会う機会は滅多にないでしょう。
そして我々を派遣したのはシャーロット様ではなく国王陛下です。今回の事に関する全ての懸念が払拭されるまで神覚者様周辺の御方を全力で護衛せよ……との王命を受けております。
なので昼夜問わず周辺の警護、使用人の方が外出される場合は最低でも4人以上を同行させます。
あとセダリオン帝国は現在『中央平原』にてエルセナ王国を再度攻撃するための大規模な陣地を構築しているとの情報があります。こちらの方角です。……ですので…ご武運を」
シェインはその方向を指差した後、他の数名の兵士たちと共に剣を掲げて敬礼する。それにレインは頷いて移動を開始する。ここに帰ってきた時と同じだ。
シェインに教えてもらった方角に向かってただ全力で駆けるのみ。
◇◇◇
「これは凄い……神覚者様が消えた後に音がして地面が割れた。転移魔法ではなく、身体強化のスキルによって得られた肉体の動きですか」
シェインは地面に残った跡を見て、驚愕と同時に喜びの感情を得た。8大国でありながら神覚者がいなかった国家。もし他の中小国から神覚者が出現すれば真っ先にその地位を追われる事になっただろう。
我々、兵士にとっても神覚者の出現は悲願だった。そしてようやく出現した神覚者が他を寄せ付けない程の圧倒的な強者だった。彼が居てくれさえすればこの国は安泰だと分かった。
「シェイン団長!各地点への兵士の配置、巡回ルートの作成、周辺の検問所の設置など全て完了致しました!」
「よし……ではこれより警備任務を開始する。怪しい人物は全て捕えよ。今この時だけ、この街にいる国民に保証されていた権利は全て剥奪される。
兵士の質問に正当な理由なく答えない、虚偽の発言をした者は捕縛、抵抗するならばその場で処刑する許可もあると各兵士に伝達せよ」
「りょ、了解!……し、しかしいくら王命とは言え…やり過ぎではないでしょうか?」
シェインに報告した兵士が疑問を呈する。その疑問に即座に答える。
「君は我が国の貿易収支を知っているのか?」
「え?……い、いえ」
「では我が国が世界に誇る名産品は?」
「それは……武具や装飾品などの加工品です。この国は豊富な鉱物資源と優れた加工技術がありますから」
「その通りだ。そして最近になってから世界中から我が国の武具が購入されているのを知っているか?注文が余りにも多過ぎて、体力、精神力共に優れているはずの鍛冶屋が過労で倒れるほどだ」
「なぜ……そのような事が?神覚者様や国王陛下が何かされたのでしょうか?」
その兵士には話が見えないようだった。国内が利益で潤うのはいい事だ。国民に課せられる税も一時的に安くなると言う話は聞いた。
それに各街や村にある兵舎も豊富な予算で改築されていて、さらに給金も武装もだんだん良くなっている。
「……いいや、何もしていない。本当に何もしていない」
「……あの…申し訳ありません。私には難しい話でして……」
「今や我が国の神覚者様は世界最強クラスの存在となっている。そして軍、ギルド、組合……どの組織にも所属していない。言ってしまえば最強の存在が宙に浮いているんだ。
だから世界各国の国を統べる者たちはこぞって自分の国に招聘しようと必死だ。なのに当の神覚者様はその全てを無視している。だから国王陛下から取り次いで貰うために恩を売ろうと必死なんだよ」
「神覚者様と話がしたいだけで……それだけで大金が動いているという事ですか?……でも神覚者様がそれで了承する保証はないですよね?」
「それは当然だ。おそらくだが……他の国の王族たちも我が国の武具を買うから神覚者様に会わせてほしいとは言っていないと思う。国王陛下に言わせたいのだろう。
つまりは世界が彼の為に勝手に金を払ってくれてるんだ。だからこそ我々はこの任務を何としてでも成功させねばならない。
もし万が一にでもこの状況で使用人やご家族の御方が負傷、死亡するような事態が起きれば……次に滅びるのは我が国だ」
「き、肝に銘じます」
シェインの表情は変わる。これから起きる事はこの国でも起きる。あの神覚者に愛国心というものは存在しない。この国の為に命をかけて戦う事もしない。しかし禁忌に触れた者を絶対に許さない。
今は味方でも明日には敵になる可能性もある。何と頼もしく、何と恐ろしい者であろうか。
それを理解している国王陛下は神覚者の周囲にいる人物がこれ以上傷付けられないようにこれほどの規模の兵士を派遣していた。
「では作戦開始だ。常に最悪を想定して行動せよ。この屋敷に住む者たちへの被害はこの国家の滅亡だという事も追加で各兵士に伝えておけ。行こう」
「了解!」
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