第194話
◇◇◇
時は夕方。あと数時間で日が暮れるだろう。少しだけ肌寒く感じる時間となった。
今この場には、レイン1人とセダリオン帝国軍が向かい立つ。4カ国にまたがる広大な『中央平原』には普段とは違う雰囲気が流れる。
セダリオン帝国軍はこれより王国へ向けて進軍を開始しようとしていた所だった。その時、突然上空から人が降ってきた。その者は王国を背にして剣を構えた。
前線の指揮官だけでなくその男を確認した者たちはすぐに誰か分かった。そしてその男が来るのは想定内だった。
レイン側の兵力は数えるまでもなく1人だ。今はだが。たった1人で一振りの剣のみを持って陣地を構築したセダリオン帝国軍の前に立った。
対するセダリオン帝国軍は全兵力の6割に相当する約10万人の兵士を展開している。一般の兵士が約95,000人、覚醒者が約5,000人参戦し、大国の兵力にも届き得る数を王国を滅ぼす為に用いたが、今やその切先はレイン1人に向けられる。
帝国軍は9つの集団に分かれている。中央、右翼陣地、左翼陣地にそれぞれ前方、後方が割り振られている。
中央前方、右翼前方、左翼前方には突撃騎兵隊が何列にも並びその後ろには槍を持った兵士がズラリと並ぶ。右翼中央と左翼中央には剣と盾を構えた兵士が並ぶ。彼らはレインのスキルによって召喚される兵士との乱戦を想定していた。
中央には戦闘職のDランク以上の覚醒者たちで構成された遊撃部隊がいる。彼らは不死の軍団との戦闘に紛れてレイン本人を殺害する為の要員だ。
そしてそれぞれの後方には覚醒者、主に魔法攻撃や支援魔法に特化した者たちが後方支援として待機している。
さらにその後ろにある鉄と石で作られた建築物に、この帝国軍をまとめる将軍と伝令役の覚醒者や兵士が待機していた。これが数kmに渡って構築されている。
レインが来る事は想定されていた事ではある。もしそうなった時の為に、レインの力を調べ上げ、帝国軍はこの戦争に臨んでいた。
「帝国軍……全員殺してやるよ」
「レイン・エタニア!!」
隊列を組む帝国軍の集団から1人が前に出て拡声魔法を用いてレインへ呼びかける。
「今すぐ武器を捨て、その場に跪き!我々セダリオン帝国に忠誠を誓うならばこちらも武器を収めると約束しよう!」
「…………………………」
レインは呆れて物も言えない。コイツらが自分の大切な存在を傷付け、最も守りたいと思っていた存在を殺めようとした。
レインはもうセダリオン帝国皇帝とそれに仕えている者たちを誰1人として許すつもりも生かすつもりもなかった。
「そんな丁寧な口調なんて要らないですよ」
今度は別の兵士が出て来る。そして声を張り上げた。
「おい!お前の使用人は生きてるか?もし運悪く死んでないなら俺にくれよ!どうせ使いもんにならねぇだろ?
あの女…身体だけは良さそうだったからなぁ。俺が処理用として有効に使ってやるからよぉ!」
兵士の間に笑い声が起こる。ニヤニヤとこちらを見ている。やはりアメリアや他の使用人たちの情報が帝国軍内に出渡っているようだ。
そしてコイツらはどれだけ死にたいのだろうか?これから前代未聞の大虐殺が始まる。もっと気後れするものだと思っていた。
しかし実際は楽しみで仕方ない。コイツらはどんなか顔をして死んでいくのだろうか、どんな命乞いを聞かせてくれるのだろうかと。まずはアイツらからだ。
「……あまり下品な事を言うな。帝国軍の威信に関わる事だぞ?……まあいい、ではレイン・エタニア!返事を聞こッ……」
声を上げていた男とその横でアメリアを侮辱した男の額にナイフが突き刺さる。2人は力が抜け落ち、うつ伏せになるように地面に倒れ込んだ。倒れた事によりナイフがより深く刺さり周囲に血溜まりを使った。
その突然の光景に兵士たちに動揺が広がる。ナイフを投擲したのはレインだった。
「おーおーやるじゃねえか!」
太刀を持った1人の別の男が地面に横たわる男たちの横に立った。太刀というだけで1人の女性を思い出す。
「…………………………」
レインは何も話さない。が、警戒はする。その男が放つ魔力がそこそこあるからだ。
「お前は無口な奴なのか?俺はライアン!Sランクで
「…………………………」
「そして!今お前がやった事を俺たちは宣戦布告と受け取った!!だが悪戯に兵力を消耗させるのも得策ではない!そこで提案だ!」
「…………………………」
「俺と一騎討ちしろ。使っていいのは武器と自分を強化するスキルだけ!お前の不死の軍団は禁止だ!だが、もし俺に勝てたら俺たちは撤退しよう!2度とお前の周辺に危険を持ち込まないと約束してやる」
「……………………いいだろう。さっさとかかってこい、
レインは最後のところだけ小声で話す。当然ライアンには聞こえていない。
「承諾したな!!では行くぞ!!」
ライアンは太刀を鞘から引き抜いて一気に走り出す。その速度は即座に最高速度へと加速する。そしてライアンはその場から姿を消した……と普通の兵士にはそう見えただろう。
「
本来ならライアンが持つスキル〈疾風〉だけで充分な速度となる。しかしレインへ放つものは、さらに他の覚醒者たちの支援魔法によって大幅に強化されたものだ。その速度は限りなく神速に近付いた一撃必殺の斬撃だった。
レインが嘘つきだと言った理由はこれだ。自分のスキルのみを使うと言った時点で他の覚醒者たちから支援魔法を大量に掛けてもらっていた。レインを前にしてあの自信はこれが原因だった。
ライアンは一瞬でレインの背後に姿を現した。既に太刀を振り終えている。
「取ったぞ!!」
ライアンは勝ちを確信した。そしてこの後の人生で待っているだろう自分の栄光の道までもが頭に浮かび上がる。
国民は諸手を挙げて自分を迎え入れ、皇帝もその働きを認めて貴族の身分を与えてくれるだろう。地位も名誉も金も女も全てが自分の思い通りに行く未来を確信して歪んだ笑みが溢れた。
しかし……。
「取ってねえよ。取ったのは俺だ、マヌケが」
既に死んでいるはずのレインが話す。確実に首を狙って斬ったはずだった。
「なッ?!……そ、そん……な……」
ライアンが振り返ろうとすると、装備していた太刀はライアンの指ごとバラバラになった。そのまま肘、右肩が身体から落ちる。そして下半身は後ろへ倒れ、上半身は前へとずり落ちた。上半身が地面に落ちる前には頭も落ちていき、地面へと転がる。
さらに……。
「〈傀儡〉発動」
レインが呟くとバラバラになった死体から黒い液体のような物が滲み出す。それはどんどん形を変えて人のような姿になった。
――『傀儡の兵士長 剣豪』を1体獲得しました――
黒い軽装を纏い、オーガのようなお面を被った傀儡がレインの横に跪く。傍にはその傀儡自身よりも長い太刀が置いてある。装備は人間だった頃と変わらないが姿が割と変わったし、そこそこかっこいい。
だが敵の兵士から見れば、一瞬の間にライアンというSランク覚醒者は血と悪臭を撒き散らかすだけの肉の塊となり、その後すぐにこちらへ剣を向ける敵となった。
その光景にレインを殺すために集結した10万人の兵士たちは戦慄する。直接見たのは前線の兵士たちだけだが、それは後方にいる兵士たちにも伝播した。最大戦力であるはずのSランク覚醒者が一瞬で死に、敵となった。
「狼狽えるな!!奴は今の一撃でかなり消耗したはずだ!!彼を失ったのは痛いが、我々が負ける事はあり得ない!!」
正面に立つセダリオン帝国軍の将校が剣を掲げて声高らかに叫ぶ。それで兵士たちに広がった動揺は静まっていく。よく訓練させれている。
「もはや生死は問わぬ!全軍突撃!!魔法攻撃隊も同時攻撃!!神覚者レイン・エタニアを抹殺せよ!」
その馬に乗った将校は空へ向けて筒のような物を掲げて発射した。それは空高く舞い上がり破裂、赤い光を周囲に放った。何かしらの伝令の役目がある……そうレインは予想する。
「「「「うおおおおお!!!!」」」」
こうして『傀儡の神覚者』による1つの国を滅ぼす事となる一方的な虐殺戦争が開始された。
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