第2章 治癒の国『ハイレン』〜大切な人を癒す為に〜

第73話









◇◇◇



「腰が……腰が爆発する」



「人間の構造上、身体が爆発するといったことはないと思うのですが……」


「本当に爆発はしないよ。比喩表現だ。悲しくなるから本気にしないでくれ……。もう少し右だ」


「かしこまりました。……この辺ですか?」


「……良い感じ」


 

 既に出発から数時間が経過していた。こんなに長い時間馬車に揺られる事はなかったため、レインは腰を痛めかけていた。

 一旦休憩という事で街道沿いの森林地帯で野営している。


 うつ伏せで横になるレインの腰を阿頼耶がさすっている状態だ。兵士は周囲の警戒と馬の世話をしている。2人のメイドは食事の準備を急いでいた。

 メイドの1人はとても若い女性でもう1人は年上だろう。落ち着いていて経験も長く見えた。



 腰痛も回復スキルで治して貰えば良いんだけど、メイドが提案したマッサージが思ったより気持ちよくて阿頼耶にやってもらっている。


 最初はメイドにやってもらっていたんだが、阿頼耶がすごい顔でこちらを見ていてメイドが怯えてしまった。まあ阿頼耶は力も強いのでちょうど良い感じだ。



「レイン様、食事ができましたが……どうされますか?」


「……本当?……了解、すぐ行きます。阿頼耶、回復してくれ」


「かしこまりました」



 阿頼耶がスキルを使うと腰の痛みは嘘のように消えた。『決闘』の前に腰痛で戦えないとか笑えない。馬車の中での姿勢も考えないといけないな。


 ちなみにメイドの食事は普通に美味しかった。ただアメリアの味付けに慣れてしまっていて違う人が作ると違和感を覚えてしまう。


 こうなるとアメリアって本当に何でも出来るんだなぁと改めて実感した。



◇◇◇



「やっと着いたな」



 兵士から『ハイレン』に入国した事を告げられそんな声が漏れた。ここまでちょうど5日経っていた。経由する『エルセナ』は街道の詰め所で少し止められたが、問題なく通過もできた。



「レイン様、まだ入国しただけです。『決闘』が行われる闘技場はハイレン国都の『ガロフィア』にありますのでもう少しかかります」



 少し歳をとっているメイドの1人が落ち着いた様子で話す。



「じゃあ……あとどれくらい?」



「そうですね。……あと3時間程でしょうか?」



 メイドが窓の風景と持っていた時計を確認して答えた。



「まだ結構かかるな」



「無理もありません。『ハイレン』の領土は『イグニス』の約2倍です。『イグニス』は8大国の中で2番目に小さい国なので、他の国と比較すると何処へ行くにも倍の時間がかかってしまいますから」


「2番目……か。1番狭いのはどこ?」



「水の国『メルクーア』です。ただ彼の国は海洋国家であり領海といわれる海の面積が最も広いです。なので総合的な国土でいえば『イグニス』は1番小さな国となりますね」



「そうなのか。その辺はよく知らないからな」



「では……我が国の領土問題なども今のうちに勉強されますか?」



 領土……問題?本当にこれまで関わることのなかった部類だな。……まあ知っておいて損はないかと思い聞く事にした。



「よろしくお願いします」



 メイドは優しく微笑み頷いた。まあ自分が仕える国の神覚者が物事を知らない奴ってなるのも嫌だよな。無い頭なりに頑張って覚えよう。



「では僭越ながら……現在、『イグニス』は南西方向に位置する中小国『エスラトル』から救援要請を受けています。ただ正式ではないようですが……」



「……何で?」



「はい、その『エスラトル』のさらに西側には太陽の国『ヘリオス』があります。『エスラトル』は『ヘリオス』から独立した国家という歴史があるため、『ヘリオス』は『エスラトル』を領土に組み込もうと国境に兵士や覚醒者を配置しているようです」



「ほぉ……」



 既に若干置いていかれている感は否めないが、質問しようにも何を質問したらいいかも分からないからそんな返事しか出来ない。


 

「言わばいつでも戦争状態に突入する可能性があるという事です。最近は無かったんですが……イグニスの近くでそうした事が起きようとしているみたいです」



「やっぱり国土って広い方がいいんだな」


「それはもちろんです。これは定かではありませんが、『ヘリオス』は8大国内での発言力を増す為に周辺国を取り込もうとしている……だとか、『ヘリオス』国内にあるSランクダンジョン『炎魔城』攻略の為に力を蓄えている……などいわれています。

 ただそれらも国土を拡大する為の方便だと言われていたりするのでなんとも言えないですね」



「炎魔城ってすごい名前だな」


 

 領土問題に関してはよく分からない。レインは考えるのをやめた。ただ自分に関係がありそうなSランクダンジョンに関しては知っておきたい。領土問題は阿頼耶が理解してくれるだろう。



「そうですね。偶然なのかは不明ですが、既にクリアした『エスパーダ』を除いた8大国全てにSランクダンジョンが存在します。

 どの国も『エスパーダ』とSランクダンジョン攻略の為に支援した国が受けた被害を恐れて挑む事すらやめてしまってます。『イグニス』も多くのAランク覚醒者を失いましたから」



「………そうなんだな」



 Aランク覚醒者が数十人死んだのは知っている。ただここで知ってます感を出すと詳しく教えてもらえないかもしれない。だから知らない雰囲気を出しておく。



「そんなSランクダンジョンの中でも異質なのが『炎魔城』だと言われているんです。雨が降っても勢いが衰えない激しい炎で周囲が覆われているらしくて攻略しようにも近付けないらしいんです」



「そんなのどうやって攻略すんだよ」



 流石のレインも炎の中に突っ込もうとは思わない。寒いより暑い方が苦手だ。



「はい、ですので何も手がないらしいです。ただ……シャーロット様が仰ってきましたが、ダンジョンが崩壊してモンスターが出てきたとしても周囲の炎がそのままモンスターを焼き殺してくれるんじゃないかと……」



「それは都合よく考え過ぎだな。ダンジョンブレイクと同時に炎が消えたら国が滅ぶぞ」



「はい、ヘリオスはイグニスとも近いですから……国王陛下もシャーロット様も常に悩み続けているようです」



「大変だな」



「はい」


 この話を聞いたとしてもレインに解決できる事はそこまで多くない。SランクダンジョンはSランク覚醒者が最低でも20人以上必要だとか言っていた。支援としてAランク覚醒者も相当数必要だとも。


 その数を用意しても半数以上がほぼ確実に死ぬんだからどの国も挑もうとは思わないよな。


 その背後にはもっとヤバい奴らがいるかもしれないってのにな。メイドの領土やダンジョンに関する勉強会は終わった。


 ただレインに残ったのはあの大戦がもう一度起こると言っていたアルティの言葉だった。


 

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