第299話








「攻撃!!!かいッ」


 司令官風の男が手を振り下ろそうとした時だった。既に裂けていた地面がさらに大きく砕けた。覚醒者たちですら真っ直ぐ立っていられない程の振動で、巨大なゲートの全てが地面の隙間から出現した。最初に見えていた物はゲートのほんの一部でしかなかった。


 そして新たに出現したモンスターによって周囲に大きな影を落とす。ドラゴン1体どころではない。ドラゴンの群れ……軍団に相当する大量のドラゴンが堰を切ったかのように赤のゲートから溢れ出した。


 1体を討伐するだけでも神覚者や高ランク覚醒者たちで構成されたパーティーが必要なドラゴンが数百単位で出現している。声高々と叫んでいた北部同盟の国民も口を開けたままそのドラゴンの群れに釘付けとなる。その手に持っていたプラカードは地面に捨てられた。


 溢れる濁流のように出現するドラゴンの勢いが少し収まった頃、既に空を舞っている巨大なドラゴンを押し除けてさらに2回り以上の大きさを持つ巨大な赤龍が周囲に突風と赤熱を拡散させながら出現した。


 他のドラゴンより格段に巨大なドラゴンは防壁でただ立っている事しか出来ない覚醒者に向けて口を開いた。


「我は第4煉獄の魔王ノクタニス……我らの世界とこの世界を隔絶した神々の呪縛は解かれた。忌々しい神々の軍を滅ぼす前に貴様ら人類から滅ぼしてやろう」


 煉獄の魔王ノクタニスは口を大きく開く。そして赤と黒が混ざり合うような炎の咆哮ブレスを北部同盟が建設した防壁に向かって放った。


 その咆哮ブレスは先頭に立っていた高ランクの覚醒者や完全武装の兵士たちと司令官を一瞬にして灰にした。それだけじゃない。魔王の炎の波は防壁もその後ろに並んでいた街も一緒に飲み込んだ。


「嗚呼……人間どもの悲鳴、絶望に満ちた顔、全てが成す術なく破壊されゆく圧倒的な力の差……これこそ私が待ちに望んだ虐殺の炎だ。

 ようやく全ての準備が完了した。魔王よ、我の忠実なる兵士たちよ……全てを焼き尽くせ!全てを破壊し尽くせ!それこそが我々の存在理由であり、使命であり、望みなのだ!」



◇◇◇

 


「始まりました。1番最初に崩壊したのは北部同盟領域の北側にある赤のゲートのようです」


 ここは防壁要塞線内部、その中心地でもあるテルセロに設置された臨時統合ギルド中央司令部。

 そこに集まっている神覚者と各国の指揮官たちに『千里』のシルフィーが報告する。


「そのダンジョンからは何が出てきたのですか?結果はどうなったのでしょう?」


 カトレアが代表して質問する。今、北部同盟の状況を理解出来るのはシルフィーだけだ。


「被害は甚大で、壊滅的です。数千体のドラゴンが北部同盟が独自に作った防壁を破壊し、燃やし尽くしています。兵士も非戦闘員も軍事施設も街も関係なく破壊の限りを尽くされているようです。そんなドラゴンが今も増え続けています」


「全滅してしまったのですか?北部同盟は中小国のみで構成されているとはいえ神覚者も数人いるはずですし、Sランクだって相当な人数がいるはずです。相手がドラゴンとはいえそんな一瞬で壊滅するとは思えませんが……」


「はい、今も抵抗は行われています。…………が、一際大きなドラゴンが抵抗している覚醒者たちをそこの土地ごと消し飛ばしています。死体も残らないでしょう」


 シルフィーの言葉に多くの指揮官たちが言葉を失う。出現した巨大なダンジョンから数千体のドラゴンが出てきた。そんな巨大ダンジョンが他に4つもある。


 その絶望は1年かけて構築した鉄壁の要塞線をもってしても拭いきれない。


「何でそんなに暗くなってるんだ?全部倒せば問題ないだろ?」


 レインがそう話す。レインは元気付けるためにそんな事を言った訳ではない。本気で出来ると考えているからそう話した。


「あっはっは!さすがレインさんだ!その通りだよ!空を飛ぶドラゴンは厄介かもしれないけど……ドラゴンだってAランクダンジョンに普通にいるよね?デカいダンジョンから出てきたからってこれまで戦ってきたモンスターと別に変わらないでしょ!」


 レインの言葉にシエルも賛同する。超越者ランキング1位のシエルと世界最強の神覚者が倒せばいい、気にする必要はないと言った。それだけでも人類にとっては希望となる。


 そしてその場にいたシャーロットが一歩前に出る。全員の視線が集まったのを確認してからシャーロットはゆっくりと話し始めた。


「……赤のゲートが最初に崩壊しました。他の黒、緑、青、そして白のゲートもすぐに崩壊するでしょう。超越者の皆さんは『転移の神覚者』タニア様のスキルで各地点に移動をお願いします。

 ドラゴンの群れは北部同盟の抵抗によりここに来るのにはもう少し掛かるでしょう。その間に少しでも敵の戦力を削り切る必要があります。詳しい作戦はその都度立案し説明しますが、神覚者の皆様は主に遊撃部隊として行動していただく事になるでしょう。

 そしてレイン様が仰った魔王という5体の存在を消滅させて我々人類が生き残る未来を掴み取ります!」


「了解」


 その言葉にレインが真っ先に返事をした。それに合わせて全員も頷いた。


「じゃあ……俺は黒のゲートへ行くよ。何故かだか分からないけど、そこに行かないといけないような気がするんだ」


「レイン様がそう仰るならそうなのでしょう。皆さまもどうかお気をつけて。誰1人欠ける事なく……というのは夢物語だと理解しています。ですが……どうかよろしくお願い致します」


 シャーロットと指揮官たちは深く頭を下げた。この最後の戦争は覚醒者にしか参加する権利を得られない。戦えない者はその知識を持って援護するしか出来ない。


 しかしいくら知識を披露したところでモンスターの数が減ることはない。だからこうしてこれから最前線へ向かう者たちへ頭を下げるしかできなかった。


「了解です。作戦の方は頼みました。俺はシャーロットさんを信頼してますから。まあ何とかなりますよ」


 そう言ってレインは中央司令部の部屋を出た。それに他の覚醒者たちも追従する。


「さてさて……僕が向かうのは青のゲートだけど、どんなのが出てくるのかな!不謹慎だろうけど少し楽しみなんだぁ」


 シエルがレインの横で無邪気に話す。そんな発言に他の覚醒者たちも少し呆れたように笑う。


「私は白のゲートですね。恋がた……アルティさんも同じだったはずです。まあ同じ攻撃魔法系の魔道士ウィザードなので相性は良いのかもしれませんね。納得いきませんけど」


 シエルと反対側、レインの横を歩くカトレアは機嫌が悪そうだ。アルティと同じ部隊に割り振られたのが納得いかないようだ。


 その2人が向かう白のゲートはテルセロから西の方にあり、レインが向かう黒のゲートは南東方面にある。方角も真逆で転移魔法を持ってしてもすぐに辿り着けるような場所ではない。


 さらにこれは人類存亡を賭けた最後の戦争だ。民間人なら最後の時を誰かと過ごしたいなどという希望は叶えられるかもしれない。ただ覚醒者、その中でも神覚者がそんな希望を叶えられる訳がない。


 カトレアだけでなくアルティすらも納得して既に配置についていた。


「そう言ってやるな。アルティはめちゃくちゃ強い魔法使いだからな。色々助けてくれるさ。仲良くしろよ?」


「分かっております!こんな時まで喧嘩をするような愚か者ではありませんから!」

 

「だと良いけどね」


 そんな会話をしていると外に出た。ここに集められた神覚者たち以外の覚醒者たちは既に前線へ移動していて覚醒者はあまりいない。そんな状態でも兵士たちが慌ただしく動き回っている。


 物資の運搬や情報伝達、万が一の避難誘導や警備任務を主としている。国民も今は落ち着いている。他の国の国民たちとの共同生活のようなものがいきなり始まったが、混乱もなく、犯罪も起きていない。


 そしてそれが救いでもあった。みんながレインたちの勝利を祈っていた。だからこそ自分を信じてくれた……そんな人たちを守らねばならないと思っていた。



 

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