第300話







「レイン様」


 中央司令部から出てきたレインに駆け寄る女性がいた。


「あなたは?」


「申し遅れました。私は『転移の神覚者』タニアと申します。これより皆さまを所定の位置へお送りいたします。まずはレイン様からになりますが、よろしいですか?」


「はい、よろしくお願いします。じゃあみんなまた会おうな。一応傀儡たちは全ての場所に配置してるし一緒に戦ってくれるとは思うから……まあ何かあったら囮にして逃げたらいいよ」


「言われなくてもやるよー!」


 シエルが手を上げて返事をする。みんなも同じ意見のようだ。その表情を確認した瞬間、視界が切り替わった。晴天だったテルセロとは違い、真っ暗な曇り空が広がる寂しい場所だ。


 元々知恵の国サージェスとイグニスの国境線だった場所に構築されていた防壁を再利用し、さらに改造に改造を重ねた拠点だ。


「では私は戻ります。超越者の皆様は常にシルフィー様が見ておられるので何かあれば援軍の派遣や物資の輸送もあります。私たちも全力で戦いますから……ご武運を」


「ありがとう」


 タニアは会釈して消えた。テルセロからここまで約60kmほどだ。馬車なら丸一日掛かりそうこの距離を一瞬で移動した。やはり転移に特化したスキルを持つ神覚者はこういう時に便利だ。


「お待ちしておりましたよ、レインさん?」


「クーデリカか?状況はどうなってる?」


 レインは振り返った先に立っていたクーデリカに尋ねた。レインと同じ場所に配置された神覚者はクーデリカだ。超越者に匹敵する強さを持ち、レインと同じ近接系の覚醒者という理由でここに配置された。


 それぞれのゲートの正面が最も危険という事で超越者と神覚者、一部のSランクと遠距離攻撃部隊、支援系スキルを持つ覚醒者たちのみが配置されている。


 他の高位とされるBランク以上の覚醒者たちはゲートの正面ではなく少し後方に配置された。神覚者たちが倒し切れず突破したモンスターを迎撃する役割を担っている。


「ご主人様!」


「…………え?」


 クーデリカが状況の説明を始めようとした時だった。別の方向から声をかけられる。聞いた事のある声だが、レインの事をご主人様、と呼ぶ者はもうほとんどいないはずだった。レインは呼ばれた方を向く。


「阿頼耶?!」


「はい、ご主人様……お待ちしておりました」


「ご主人様?何でそう呼ぶんだ?レインさんって呼んでたよね?」


「はい、これが最後の戦争となります。万が一にも起こらないとは思いますが、ご主人様と今生の別れとなってしまう可能性もございます。なので私がお呼びしたいように呼ばせていただこうかと思いまして……」


「まあ良いけどね。好きに呼んだらいいよ。ただこれが別れになるなんて事はないからな?俺の近くにいろ」

 

「は、はい!」


 阿頼耶は嬉しそうな笑顔を浮かべて返事をする。いつも無表情で感情を見せないイメージだったが、あれは隠していただけのようだ。そう思えばまだ神覚者になる前の阿頼耶はよく感情を表に出していたなぁと思い出した。色々忙しくて一緒に行動する事が少なくなってしまっていたが、ここではレインの背中を守る相棒だ。


「では状況を説明しますね。と言ってももう間も無くダンジョンが崩壊する……くらいしか言えませんね。全員が臨戦体制でその時を待っております」


「そうか」


 レインはその方向を見た。黒い魔力が空まで立ち昇っている。レインは魔力を色で捉えるが、この巨大ダンジョンに関しては全員が色を認識している。それほどまでに濃い魔力を放っている。


「本当にもうそろそろだな。俺たちも防壁の上へ登ろうか」


「はい」

「了解です!」


 こうして3人は合流し、防壁の上へと向かっていく。その間にすれ違う覚醒者たちは全員が作業をやめてレインたちに敬意を示す。


 阿頼耶はともかくレインとクーデリカの2人がこの場の戦略の要だ。この2人の行動で自分たちが生き残れるのかどうかが決まる。だからみんな必死だった。


 

◇◇◇



 バチバチバチッ――


 地面が大きく揺れて少し先の大地の裂け目から見える真っ黒な渦のようなダンジョンから光が迸る。黒にも見え青にも見える。


 漏れ出る魔力もどんどん膨れ上がる。でもその場を誰も動かない。逃げ出したい気持ちもあるだろうが何処に逃げていいのか分からないし、逃げた所でどうにもならない。


 というか逃げたら自分の家族が仲間が真っ先に殺されてしまう。ここにいるのは世界から認められた戦える者たちだけだ。


 "さて……いよいよだね。準備はいいかい?アンタは私の力の全てを継承している。あとは自分の力を信じるだけだよ!"


 突然、頭の中にアルティの声が響く。アルティだけが可能とする念話魔法というものだ。機械に頼らず長距離でも会話が可能だ。もうずっと聞き続けていると思える声だ。何度この声に助けられ、何度この声に殺されかけたか。


 "分かってるよ。俺はもうあの時とは違う。まあ……本当に強くなれたよなぁ?薬を買う金もない極貧状態だったのに、今では俺の事を知らない人は世界にいないくらいになった。どうなるか分からないもんだな"


 "……うん、見違えたよ。アンタに出会った時はもう無理なんじゃないかなぁとか思ったけどね。"


 "そうだな"


 "ここまであっという間だったねぇ。実際は3年?4年?体感だと数百年くらいだっけ?魔王城でアスティアとか解放するのにそれぐらい掛かったんでしょ?"


 "正確には覚えてないなぁ。でもここまで長くもあり短くもあったかな。…………来たな。じゃあなアルティ、そっちにはカトレアが行く。お互い守り合えよ?"


 "分かってるさ。アンタも死ぬんじゃないよ?じゃあまたあとでねー"


 アルティとの念話を用いた簡単な会話を終える。魔力の色が変わった。ダンジョンが崩壊する。


 レインは少し振り返り空中に出現した光の王城を一瞥する。やはり神の軍は間に合わない。現時点で神は味方だと思っているが、神と魔王の戦争となった時、ちゃんと人類を守りながら戦ってくれるのかも不明だ。

 

「ダ、ダンジョンが崩壊します!!総員戦闘準備!覚悟を決めろ!!」


「「「おおっ!!」」」


 覚醒者たちが雄叫びを上げる。自らと周囲を鼓舞する為、みんなが全力の声を上げた。


「傀儡召喚」


 

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