第298話
◇◇◇
ここはテルセロに設置された臨時統合ギルド本部……と言ってもテルセロにある王城の一室を改装しただけの部屋だ。
各国の代表者や軍の司令官が集まる部屋ではない。ここは覚醒者、それも誰の指揮下にも入る事のない最強の覚醒者たちの為に用意された部屋だ。
「さて!みんな久しぶり!また超越者みんなでここに集まれたのは幸運だったね!みんなそれぞれの場所でダンジョンを攻略するとかして修行に励んだと思う!」
シエルが開口一番立ち上がり、この部屋に集った超越者に話し始める。ただ全員が本を読んでいたり、天井を見上げてボーッとしていたり、あくびをして今にも寝そうな人しかおらず話をほぼ聞いていない。
「ねえ聞いてる?今いい感じの話をしてるんだけど?」
「シエル……あれから1年経ってみんながもう1度集った熱い感じを演出したいのは分かるが、俺とお前は4日前にも街中で普通に会ってるよな?買い物中にいたよな?」
と、メルセルがここに来て1番デカいあくびをしながらシエルに話す。全員がこの街を拠点にしているのだからそれぞれの場所とか言われてもよく分からない。全員がご近所さんレベルの距離で暮らしていたのだから。
「ちょっ……そういうの言わないでよ」
「あとついでに言うならシエル、昨日は俺の家で飯食べてたよね?というかカトレアも同居しててお前もダンジョン攻略がない日は遊びに来てたじゃん」
と、レインもメルセルに続く。まるで超越者たち全員が1年ぶりに会ったような事を言っているが、レインとカトレアは同じ屋敷に暮らしている。シエルはそこそこの頻度で家にご飯を食べに来てもいる。
この前はダンジョンを観測するくらいしかやる事がなく暇を持て余したシルフィーが遊びに来ていた。超越者でありながら身体能力はBランク覚醒者のステラにやや劣るくらいだったのに驚愕したのを覚えている。
入り組んだ街の中を歩くのを面倒に思ったメルセルが空を飛んで移動しているのも何度も見たし、イレネもレインと同じ無数の兵士を召喚できる覚醒者として戦術的な話とかもしに来ていた。まあほとんど理解できなかったが……。
このように忙しくはなったが付き合いがなくなったとかは全然ない。故にシエルが何を言いたいのかみんなよく分かっていない。
「もう……明日か明後日くらいにはダンジョンが崩壊しそうなんだからこんな雰囲気も出したいじゃん?」
「いやぁ……?」
シエル以外の全員が首を傾げる。本当に何を言っているのかよく分からない。
「え?!」
「そんな事より明日以降の配置ですよ。シャーロットさんからまだ配置の事は聞かされていないので把握できていないんですよね。はぁー……レインさんと同じ場所がいいですね」
「俺たちって一緒に戦うには相性最悪じゃない?」
「そんな事ありません!私ならばレインさんのッ!」
「失礼します」
カトレアが温まってきた所にシャーロットが複数の兵士たちと一緒に入ってきた。ちょうど今カトレアが言った超越者たちの配置を発表するために来たのだろう。
超越者はその強さ故に自由に行動し、周りがその動きに合わせるのが効率がいい。しかし今回は緊急事態のため、それぞれの能力に見合った場所に配置され、そこで暴れようという話らしい。
「皆さんのおかげで防衛線の構築も何とか間に合いました。特にレイン様……数多くの兵士を貸していただきありがとうございました」
「でもちゃんと出来たのは第1防壁?までですよね?」
「いえ、市民が多く住む場所を中心に建設した第2防壁と城塞都市も完成しております。その間に設けられた魔法トラップ原も完成しました。本当にこれ以上ないくらいの準備が出来ております」
「そうですか……それならまあ良かったです」
「はい、ではこれより皆様の配置についてお話させていただければと思います」
◇◇◇
次の日、場所は遥か北の大地まで移動する。
「我々はあの詐欺師の言葉には騙されない!我々の国と我々の同志は我々だけで守る!!」
中小国連合――通称、北部同盟の代表者たちは全覚醒者と全兵力の全てを動員した。北部同盟の中央事務所よりさらに北の大地に出現した紅蓮の炎を彷彿とさせる巨大なダンジョンに対処すべく集まった。
これまでに確認されたSランクダンジョン『王城型』とは全く異なる。地面が大きく裂けその隙間から炎と見間違えるほどよ赤い魔力が溢れ出している。正しく地獄の門だ。
その場所から数km離れた先に防壁を構築し、その防壁上には数千人にもなる攻撃魔法隊や魔法弓兵隊などの遠距離攻撃隊が照準をダンジョンの入り口へ向けている。
重厚な扉で守られた防壁の後ろにはさらに数十万人の覚醒者と兵士たちがダンジョンの崩壊を今か今かと待っている。さらにその後方の街では国家が万が一に備えて発令した避難指示を拒否した一般国民たちによる示威運動、デモ運動が起きている。
レインという神覚者を詐欺師と呼び、自分たちの利益のために全ての国を支配下に置こうとしたと吹聴している。巨大なダンジョンからどのようなモンスターが出てきたとしても世界最大の軍事同盟である北部同盟の敵ではないとその土地の国民たちは本気で考えていた。
国民それぞれが独自にレインとそれに追従した国家へ向けた罵詈雑言を書いたプラカードを掲げて声高々と叫んでいる。
既に国民たちは目の前のダンジョンを制圧した後のことまで勝手に話し始めていた。
レインの発案であった国家を囲う巨大な防壁要塞線構想に賛同し、全ての国民と兵力を移動させ、もぬけの殻となったヴァイナー王国とエスパーダ帝国の土地を占有する話すら出ている。
そんな時、地獄の門から紅蓮の雷が放たれ天まで昇る。その光景は数十km後方の街からも確認でき、叫んでいた国民たちを一瞬で黙らせた。
かつて確認されてきたダンジョンとは比べ物にならない規模のダンジョンからさらに巨大な魔力が放出される。
その魔力は空一面を赤黒く染めた。魔力を視認できないはずの国民にすらその圧倒的な魔の気配を感じられた。
「「我々は負けない!我々は逃げない!我々の国は自分達で守る!!」」
しかしすぐに国民たちはこれまでと同じような文言を繰り返し声高々に叫び始める。
そして赤い魔力を放出していた地面からガラスが割れたような音が響き、それらは出現した。
赤い巨大な何かが地面から飛び出した。飛び出したそれは空を少し旋回した後、北部同盟軍の防壁を見下ろす位置で空中停止した。
「ま、まさか……ドラゴン?」
赤い炎を纏ったドラゴンが1体出現した。ドラゴンはこれまでに確認されている全モンスターの中でも最高位に位置しており、パーティーに神覚者を組んで挑むような強さを誇る。
そんな1体のドラゴンを見て北部同盟軍は失笑した。あれほどの驚異を煽っておきながら出てきたモンスターがドラゴン1体のみ。
確かに多少の死傷者や設備の破壊は覚悟しなければならないだろうが、十分討伐できる戦力がここに集結している。
「ふっ……やはりアイツの話は大袈裟に言っただけのようだ。ドラゴン1匹程度、我々だけで対処可能だ。後方に控えている神覚者の皆さんの手を煩わせる事もないだろう!」
防壁の上で1人の司令官風の男が笑いながら話す。そして片手を大きく上げて周囲の兵士や覚醒者たちに合図を送る。この空高く上げた手が振り下ろされる時、空中で浮遊しているドラゴンへの攻撃開始の合図となる。
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