第346話
「言葉足らずだった……まあお別れって言っても未来永劫じゃない。数年かもしれないし、数日かもしれない、最悪本当の別れになるかもって感じだね」
その言葉に人類は安堵の表情を浮かべる。しかしこれから何が起こるのか分からない事には変わりない。
「魔神……もうその子は十分戦ってる。もう解放してやってくれないか?」
「申し訳ないがそれは無理なんだ。魔王を1人だけ取り逃がしている。魔界に行ってラデルを討伐しないといけない。アイツは他の魔王たちの力を集めて最強の身体を作り、魔界で漂っていると思っている私の魂を定着させて私を復活させようとしている。
そして復活した私を毒の力で吸収して自分自身が魔王を超えた上位の存在となる……それが奴の目的だ」
「そんな事になったら本当に全ての世界が…………あれ?」
アルティは焦ったが少し考える。魔神の復活とか何とかはラデルが確かに言っていた。その話の途中でレインに呼ばれたから放置してここに来た。
「あっ気付いた?そう私はここにいる。だから魔神の復活なんて不可能なんだ。あの肥満の魔王はそれ気付いていない。
でも気付けばすぐにここに戻ってくる。ここをまた戦場にはしたくないだろう?だから敢えてこちらから乗り込むんだよ」
「…………確かに一理あるか。それにあの脂肪の魔王の事だから自分の計画が最初から破綻してるのを知ったら八つ当たりしながら適当に暴れ回る可能性もあるか」
「そうだ。で、魔界は神が踏み入ることのできない領域だ。魔王が天界に行けないのと同じだ。あと魔界の特殊な空気は人間にとっては毒だ。まあ相当に強い覚醒者なら何とかなるだろう。
ただ今の私の力では時空を歪めて魔界への扉を開くことは出来ても安全に送り届けられるのは2人だけだ。1人は当然レインだ。
まあ私もいるから1人でもいけるだろうけど向こうにいる間はほぼ1人だ。人間って孤独が続くと精神的におかしくなるんだろ?話し相手も兼ねた仲間が必要だ。
だからもう1人を選んでくれ。もう一度言うけどこの状態はそう長くは続けられないから早めに決めてね」
魔神は開始の合図代わりに手をパンと叩く。人類は一瞬だけキョトンとした後に我に返り一斉に相談を開始しようとする。しかし……。
「私が行く!!」
真っ先に大きな声で手を上げたのがエリスだった。あまりにも早すぎてみんなが呆気にとられた。
「他にはいないようだね。エリスならいいだろう」
「ちょっと待ってください!エリスさんはまだ10代と年齢も若く経験も……それなら私が!」
「いやカトレアの魔法も強いが、ここは僕が行くべきだ。カトレアは魔力が切れたらそれまでだけど僕には風を操るスキルがある。魔力切れとはほぼ無縁だし、遠近距離にも対応してる。だからここは僕が……」
レインと交友があり実力も兼ね備えた超越者たちがレインと共に行くと志願していく。魔界に何があるのか、生きて帰ることが出来るのか、そんな疑問を持つものはいない。
「ダメ!私が行く!もうお兄ちゃんを1人にしたくない!たった1人の家族だから……もう離れたくない!」
「エリスちゃん……それでも君は行くべきじゃ……」
やはり潜在能力はレインを超えるエリスでも他の覚醒者たちから見ればまだまだ子供だ。1人しかいない魔界へ行ける者をレインの妹だという理由だけで選ぶ訳にはいかない。
周囲の超越者たちは年齢も経験もエリスよりも遥かに優れている。レインと共に行くのなら他の超越者の誰かとなるのはエリス自身にもよく分かっていた。それでも譲りたくなかったが、周囲の覚醒者たちを納得させるだけの理由が出てこなかった。
「……で、でも」
そんな時、誰かがエリスの頭に手を置いた。エリスはその手が誰なのかを確認するために振り返る。
「お兄ちゃん?」
「お?……はははッ……レインはこの子がいいってさ。まさか身体も精神も今は私が掌握しているはずなのに……気合いで身体の一部を私から無理やり奪い取ったのか。エリス…アンタ愛されてるね」
「知ってる……私もお兄ちゃんが大好きだよ」
レイン自身がエリスを選んだと分かった覚醒者たちはそれ以上何も言えなかった。ここから先はただ見守るのみだと全員が心に決めた。
「なら決まりだ……さあエリス、行こうか」
「うん」
魔神は何もない空間に手を掲げる。するとそこに黒い渦が出現する。見た目はダンジョンの入り口に似ているが、それが魔界への入り口だと全員が理解する。そこへ向かってレインとエリスは歩き出す。
「待ってください!」
しかし別の誰かが2人を呼び止める。その声の先に全員の視線が集中する。
「アメリアさん?」
そこにいたのはアメリアだった。息を切らしているところを見ると屋敷からここまで全力で走ってきたのだろう。
「は、話は……ある程度聞いて……いました。はぁ……あのお願いが……あ、あります」
「君はレインの使用人……だね?知っているだろうけど魔界への入り口もこの状態もそう長くは維持できない。お願いと言われても叶えられる範囲はかなり小さいけど……」
「分かっております……ですが…2時間……いえ1時間だけでいいです。レインさんにお会いできませんか?!」
「一体何を…………ああ…あははは!アンタいいね!最高だ!……はぁー…いいよ!こんな時だからこそそういうのは必要だな!ちゃんと2時間用意してやる。私はこのまましばらく消えるが、この入り口は残しておいてやる。ただし2時間と数分で消えてしまうから必ず間に合わせるんだよ?……アメリア、君に魔神の加護と恩寵を授けよう。頑張りな…と忘れてたアルルの核もついでに治してあげるよ。多少の弱体化は許してくれよ…じゃあね」
その言葉を最後にレインから黒い魔力が一気に消えた。髪も肉体も元の形に戻っていく。
「…………ふぅー……戻ったか。で、えーと……アメリア、どうしてここに?それに2時間だけ時間をくれって……何をするんだ?」
「レインさん!……え、ええと……ここでは言えません!ただ今すぐ私たちと屋敷に戻っていただけませんか?カトレアさんも!」
「わ、私もですか?」
「はい!レインさんとは必ずまた会えると分かっています。それでも……もしかすると数年間お別れになってしまうかもしれません。だから…………」
「ごめん……何が言いたいのか分からないんだけど……もしかして最後にご飯作ってくれるのか?」
レインはアメリアが何を言いたいのか理解できない。それは他の覚醒者たちも同じだった。ちゃんと理解していたのは魔神くらいだが、その魔神はもうレインの中に戻りいなくなっている。
「とにかく!時間がありません!カトレアさん……私とレインさんを屋敷まで連れて行ってくれませんか?」
「りょ、了解しました」
カトレアはレインの肩に触れ、アメリアの手を握る。そして目を閉じて転移先の屋敷の位置を確認する。
「皆様……必ず時間内に戻ります。なので皆様には皆様に出来ることをなさって下さい」
アメリアはその言葉を残し、転移した。最後まで状況が分からなかった覚醒者たちはその場に残される事となった。
「なら……僕たちは前線に戻ろうか。神の軍隊は帰ってしまった。かなりの数が減ったはずだけど、まだモンスターたちは前線で暴れてると思うから」
「いえ……私たちはここにいるべきだと思う。レインくんたちを見送る人がいないのは寂しいから」
「…………そうだね。シルフィーたちがきっと上手くやってくれてるよね。僕たちだけでもここでレインさんを待とうか」
ここに集まっていた覚醒者たちはレインが戻ってくるまでの2時間、束の間の休息を取ることにした。
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