第345話
その言葉の直後レインの足元から黒い魔力が噴き出した。その魔力は天まで昇り雲を突き抜ける。それでも魔力の放出は止まらずテルセロ周辺を夜へと変えていく。周囲の状況は分かるのに空だけが暗くなる奇妙な光景だ。本来魔力を可視化できない一般人にすらその黒い魔力の柱は見る事が出来た。
「うぅ……うあ……ああ……」
その黒い柱の中でレインは呻き声を上げる。身体が変化していく。姿が変わる。声も徐々に変化していく。アルティが憑依した時より変化の幅が大きい。
黒い魔力の柱は徐々に範囲を広げていく。上空で待機していた天使がその柱に触れるとその触れた場所から粉々になって消滅してしまった。それを見たアルティはアルルを抱き上げ浮遊する。
「アルル!もう少し頑張って生きてよ!……他の人間!!死にたくないなら全員すぐに防壁から降りろ!!」
アルティの怒号で我に帰った覚醒者たちは一斉に防壁から飛び降りて黒い柱から離れていく。誰もがその黒い柱に触れてはいけないと直感で理解した。
「レイン……アンタ……一体何の力を得ているの?こんな化け物みたいな魔力……私が知っている奴らの中では……1人だけ……でもアイツは私が……」
動揺はアルティだけでなく神々にまで及ぶ。神軍の天使が黒い魔力の柱に触れただけで消滅した。魔力の放出だけでそうなるならば、もしこの魔力が攻撃に転じた時、神々にとって最悪の事態となる。
「支配の魔王……貴方は一体……何に手を出したのですか?!」
「その力の解放をやめなさい!死にゆく魔王のためだけに世界を滅ぼすおつもりですか!」
神もレインに言葉を投げかけるが、それは返答はしない。ただ黒い魔力を放出させるだけだ。しかしその魔力の放出はやがて収まり、その中からレインは姿を現す。
「ふむ……やっぱり私が出てくると性別すら変わるか。それにあまり長くこの状態を続けると肉体が崩壊するな。手っ取り早く済ませよう」
レインの姿は大きく変化した。黒髪は腰まで届く長さに伸び、肉体も女性のような身体つきとなる。
「何者だ……レイン・エタニアではないな?」
「………………さて、仲間の多いこの子が私に頼らないといけないほど追い詰めた愚か者は誰かな?私のお気に入りを傷付けた罪は命を持って償ってもらわないとな。……まあ間違った奴を殺さないようにちゃんと確認しないとね。〈見通す瞳〉」
レインは周囲を見渡す。そして自分自身を包囲するように展開した神とその軍勢、こちらを心配そうに見つめる覚醒者たちを確認した。
「アルル……核の破壊……傀儡……神が拒否……なるほどそういうことか……」
「我らの問いに答えよ!!」
剣の神は聖剣を振り上げてレインへ斬りかかろうとする。天使たちも一斉に降下を開始した。
「〈動くな〉」
「な、なん……だ?」
しかし神々の動きが言葉一つで止められる。何かに身体を巻き付けられたかのように動けない。
「今からお前ら神に2回だけ返答の機会をやる。どのように返答するかは自由だが、私が望む答えでなければお前たちは消滅する。1度目は半分、2回目で全員を消滅させよう。復活する事はできない。私に消されるとは完全なる消滅を意味する。誰の記憶にも残る事はない。
だから心して答えよ。今すぐ兵士たちを引き連れて天界へ帰れ。そして2度とこの地を踏むな」
レインは全ての神に聞こえるように話す。
「その前に貴方は何者ですか?支配の魔王ではないですね?」
「はあ……アイツが創り出した神ってのは結構バカなんだな。私が誰かなんてもう分かってるだろう?返答は2回だけと言ったのに……仕方ない。半分の神にはここで消えてもらう」
レインは右手を手刀の形にして近くにいた知恵の神サージェスに向かう。この動きを攻撃と取った神軍は一斉にレインへ向けて攻撃を開始しようとする。
「〈だから動くな〉」
しかしレインの言葉に全ての天使、神たちは動けなくなる。
「あーいやでも抵抗くらいは許してもいいか。〈自由にしていい〉」
その言葉は行動を奪われた神軍に再び自由を与える。そしてすぐに神々はレインへ向けて攻撃を開始する。
「サージェス!!」
レインは黒い魔力の霧を纏った手刀を知恵の神に放つ。知恵の神は何重にも重なるように防壁を展開する。さらにその防壁を強化するための支援魔法、強化魔法を幾重にも発動する。
「…………そんな……え?」
レインの手刀は知恵の神の防壁を貫通する。まるでそこに何もなかったかのように突き抜けた。そして勢いそのまま知恵の神の心臓を貫いた。
そのまま他の神が何かする前に知恵の神は黒い炎に包まれて消し飛んだ。そこには何も残らない。
「これで1人……神は全部で8人だからあと3人……」
「貴様ァ!!!」
「待て!!一旦距離を!」
今度は剣の神が怒りに任せて聖剣を振り下ろした。知恵の神の次にレインの近くにいた剣の神は聖剣にありったけの魔力を込める。聖剣は周囲の覚醒者たちが目を覆うほどの輝きを放つ。
剣の神の聖剣はレインの首をとらえた。あまりにも呆気なく聖剣はレインの首に命中した為、神もそれを見ていた人類も言葉を失う。今し方知恵の神を消し飛ばした者とは思えなかった。
「聖剣っていってもその程度か……私の髪すら切れないな」
「ば、馬鹿な……」
剣の神が混乱した隙を見てレインは拳を振るう。剣の神は咄嗟に聖剣で防ぐがレインの拳は聖剣を叩き折り、そのまま剣の神の胴体を貫いて両断した。そして別の神が再生を施す前に先程と同じ黒い炎で全てを包み込み完全に消滅させた。
「うおおおおっ!!!!!」
知恵の神と剣の神を一瞬にして消滅させたレインに別の神が雄叫びを上げながら突撃する。
「ヴァイナー!」
「止めてくれるな!奴はここで殺さねばならない!こんな化け物をこのまま放置すればやがて三界の全てが滅ぼされる!我が身に変えてもコイツを!魔神の残滓をここで!!」
「うるさい」
戦の神ヴァイナーはレインの蹴りを頭部に受けた。神が反応すらできない速度の蹴りは神の頭を吹き飛ばすには十分だった。さらにその蹴りで発生した風の刃は後方に聳え立つ山脈の頂上を輪切りにした。
「これであと1人……たまには人間の魔法でも使うか」
レインは1番遠くにいた神に人差し指を向ける。そして一言呟いた。
「〈
その光は周囲の者たちから一瞬だけ視覚を奪う。そして次の瞬間にはその魔法の効果は終了していた。
「嘘……でしょ?何も……見えなか……た」
「ハイレン!」
そう呼ばれた治癒の女神は下半身がなくなっていた。さらにその後ろにあった雲にも正円の穴が出来ていた。その魔法は神の防御を突破し、肉体を貫き、空を流れる雲にまで到達した。
「これで残ったのは4人だ。じゃあ2回目の返答の時だ。今すぐ兵士を連れて天界へ帰れ。そして2度とこの地を踏むな……どうする?」
「わ、分かった……我々はこの地を去ろう」
炎の神イグニスが返答する。それ以外の言葉を話せば今のように惨殺される。今のレインを止められる者など存在しない。
◇◇◇
神々は天使たちを引き連れてあっという間に天空の王城へと向かっていった。人類を助けにきたはずの神は1人の男の願いによって壊滅的な被害を受けて撤退する事となった。
「これでこの子の邪魔をする奴らはいなくなったな。あとは魔界に逃げ帰ったアイツだけか……」
「あ、あの……お兄……ちゃん?」
レインの元にエリスがやってきた。いつもとあまりにも雰囲気が異なるレインに恐る恐る近づく。
「やあエリス、少しだけお兄ちゃんの身体を借りてるよ?アルスもアルルも久しぶりだ!」
「なんで……アンタがレインの中にいるんだ?」
そうアルティが問いかける。アルティの腕に抱かれたアルルも驚いた表情を浮かべる。
「細かい話はまた今度にしよう。私がここに居られる時間もそう長くない。とりあえず要件だけ伝える。レインともう1人だけ選んでくれればいい。人選は任せる」
「いったい何の話をしてるんだ?」
「まだ全部は片付いていない。本当の意味で人類の安寧を求めるならもう1つ片付けないといけない問題がある。……で、それを解決するためにはレインの力が必要だ。………………そうだね、みんなには悪いけどレインとはもうお別れになるだろう」
「「「…………え?」」」
レインの中に宿る魔神が言い放った言葉はここに集っていた全ての者たちから言葉を奪った。
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