第347話






◇◇◇



「あ……戻ってきた」

 

 防壁の淵に腰掛けていた覚醒者たちの前にレインたちが転移して戻っていた。ここから転移して消えてからちょうど2時間後だった。かなりギリギリでもう数分もすれば魔界への入り口は消えてしまう。


「レインさん……どうしたの?顔が赤いけど?」


「い、いや……大丈夫だ……もう時間がないよな?エリス……とりあえず食料とか家とか色々大量に持ってきたよ。向こうで食事とか必要なのか知らないけど……まあ何とかなるだろうし、何とかするよ」


「お兄ちゃん……本当に大丈夫?」


 レインの様子がいつもと違う事は当然エリスでも分かる。


「大丈夫!大丈夫だよ!」


 レインは自分の頬を叩きながらエリスと共に魔界への入り口の前へ立つ。そして息を整えてから振り返る。


「じゃあ……行ってくる」


「いってきます!」


 レインとエリスはみんなにそう伝えた。目の前にいるのは見知った顔ばかりだ。数年前までこれだけ多くの人に囲まれる事なんてあり得なかった。たった1つの出会いで全てが好転した。その出会った人はアルルと一緒に少し離れた場所からこちらを見ている。魔王とは思えないほど慈愛に満ちた優しい瞳をしていた。


「はい、ずっとずっと…いつまでも……待っていますから……」


 そんな中でアメリアはとうとう泣き出してしまう。横にいるカトレアも必死で堪えようとしているが、もう間もなく泣くだろう。他の超越者や覚醒者たちは微笑みを浮かべて頷いた。


「レインさん、いつも大変なことばかり任せてごめん。でもこっちの世界は僕たちが守るよ。レインさんたちが帰ってきた時にはモンスターも全部倒して、街も復興させて、毎日がお祭りみたいな楽しい世界を作ってみせるから」


「はは……お祭りは別にいいかな。それじゃあこっちの世界は頼んだよ。すぐに戻るから……まあ気長に待っててくれ」


 レインは向きを変えて魔界の入り口の前に立つ。横にはエリスもいる。そして2人で手を繋ぎ同時に一歩を踏み出した。


「行ってしまった……さあ!僕たちもやるべき事をやるぞ!まだ戦いは続いている!彼らが戻ってきた時に勝てませんでした……なんて事はあってはならない!もうレインさんの兵士の力も借りる事はできない。僕たちだけで敵の残党を殲滅する!!」


「「了解!」」


 シエルの掛け声で覚醒者たちは気合を入れ直す。そして一斉に各地へと散って行った。



◇◇◇



「うわぁ……真っ暗だね」


「魔界っていう名前だからな。まあよく見たら状況も分かると思う。でも広さはどれくらいあるのか分からないし、どこに何があるのかも分からない。

 本当なら周りを探索して作戦とか色々考えたいところだけど。まあそんなゆっくりなんてさせてくれないだろうな」


 レインとエリスが降り立った場所は何もない闇の世界だった。常に暗く、何もない岩の大地が続き、身震いするほどの冷たい風が吹き荒れている。


 そしてレインたちを取り囲むように無数の赤い瞳が覗いている。地上へ侵攻したモンスターたちよりも多いモンスターがレインたちを見ていた。


「エリス……俺の後ろにいろ……いやもうそんな事いう必要はないよな?背中は任せたよ?」


「うん!私の新しいスキルを見せてあげるね!」


「そうか……楽しみだ。エリスと一緒ならどれだけ時間が掛かっても、どれだけ強い敵が出てきても笑いながらクリアできそうだ。…………お前ら、出てこい……そして全ての敵を殲滅しろ」


 レインの足元に闇の世界をさらに黒く染め上げる水溜まりが出現した。それは周囲のモンスターを巻き込みながら数百メートル以上の範囲に広がる。そしてそのモンスターたちを串刺しにしながら無数の傀儡が武器を構えて這い出てくる。


 それを周囲のモンスターたちは宣戦布告と受け取った。一斉に咆哮を上げ、レインたちへと向かっていく。


「よーし……頑張るぞ」


「その意気だ……2人で頑張ろうな。お前たち、エリスを援護しながら敵を蹴散らせ」


 アスティア、ヴァルゼル、龍王や熾天使たち、巨人に海魔、鬼兵、剣士たちはレインの命令通りに周囲から迫るモンスターに向かって突撃する。黒と黒の集団はすぐに激突した。


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 



 この永遠に広がる闇の世界は時間の感覚を狂わせる。もしエリスと共に来ていなければ気が狂ってしまう可能性もあるくらい何もない寂しい世界だ。


 ただ向かってくるモンスターを殺し、短い休息をして、また戦うを永遠に繰り返す。いつの間にか傀儡の数は数百万体にまで増えている。


「エリスは大丈夫だろうか。別行動なんてやめておけば良かったよ」


 大地を埋め尽くすモンスターの亡骸の山の上でレインは佇む。そのモンスターの亡骸に大剣を突き刺し、背もたれ代わりにして遠くを見つめていた。


 そんなレインに近付く足音が2つ聞こえてくる。周辺はモンスターの亡骸で埋め尽くされている。そんな場所を歩くと聞こえてくるのは肉を踏み潰す嫌な音だ。


「……我らが王よ」


「アスティア……ヴァルゼル……どうした?」


 レインの背後に跪いたのは傀儡長アスティアとヴァルゼルの2人だった。さらにその後ろにも無数の傀儡がレインの前に跪く。


「ここら周辺のモンスターは全て討伐致しました。残すは巧妙に隠されていたあの王城だけとなります。エリス様も既に傀儡護衛の元こちらへ向かっております。

 我らが王よ……ご命令を。我らの全戦力を持って王の敵を殲滅致します」


「この辺は全滅させたんだな……お疲れさま……じゃあこの長く苦しい戦いをそろそろ終わらせようか。こんな場所でコソコソ隠れやがって……もう逃さんぞ」


「我らが王よ……ご命令を……」


「分かった」


 レインは背もたれ代わりにしていた大剣を引き抜く。そしてその大剣を真っ暗な空に向かって高く掲げる。


「全傀儡に命じる……この戦いを終わらせる。敵は魔王ラデルとその配下たちだ。逃げる隙など与えるな。確実に追い詰め、確実に殺せ」


「「御意」」


 レインの傀儡は巨大な黒い波となって隠されていた王城へ向けて向かって行った。そしてレイン自身もその波に乗るようにして王城に向かっていく。


 

 

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