最終話







 


◇◇◇


 あの日、あの場所で彼らが旅立ってから人間の世界では数年が経過した。世界中の人々は世界を復興させながら彼らの帰りを待ち侘びていた。もうそこに国境や人種というものはなくなり、本当に1つとなっていた。


「きゃーッ!!!誰かぁ!」


 街道から少し離れた位置にある森の中を少女が走る。その後ろから獣型のモンスターが迫っていた。鋭い牙と爪がもうすぐ少女を捉えようとしている。


 モンスター――昔はダンジョンの中に巣食う魔物だった。しかし今では数年前の大戦で人間の世界に解き放たれた魔王軍の残党が野生となり交配を続けた生き残りという認識の方が強くなっている。

 ただダンジョンは今でも出現し続けている。頻度が下がった代わりに野生となったモンスターとの遭遇が増えているだけだった。


「だ、誰か……た、助けっ…………あれ?」


 少女が振り返るとそこには何もいなかった。僅かに黄金の光の粒がキラキラと輝いていたように見えた。しかしすぐに風が吹いてしっかり認識する前に消えてしまった。


「…………気のせい?でも……あれ?何で?……まあいいや、帰ろう!」


 少女は森の中から街道へと抜けて村の方へと走っていった。その光景を上空から眺める2人の人がいた。地上からでは砂粒くらいの大きさにしか見えないだろうが、その2人には少女の表情までしっかり見えていた。


「ふぅーッ!危ない危ない。やっぱりモンスターは消えてないねぇ?兄さん」


「仕方ないさ。ラデルを殺してもその配下が消える事はないし、そもそもアイツらは魔王が作ってない奴らだ。

 アイツら勝手に交配してここでも魔界でも数を増やしまくってるからな。魔界なら数が増えてダンジョンになってここに来てくれた方が対処が楽だ」


「ラデル…か。結局魔神のお姉さんに力を全部奪い返されて、兄さんの兵士にボッコボコにされてたよね。もう可哀想とすら思ったよ。アルティさんが言ってた出来る奴がやればいいって魔神さんの言葉だったんだね。

 それに……モンスターに関しては……まあそうだねぇ。こっちには覚醒者たちもいるから兄さんと私が直接行かなくてもいいもんね。あーッ!久しぶりの休暇だぁー!!みんな元気にしてるかなぁ」


「なあ」


「何?」


「その兄さんってのやめてくれよ。前みたいにお兄ちゃんって呼んでくれないか?……その兄さんっていうのなんか嫌だ」


「だって……あの時はまだ子供だったし。もう今の私は大人の女性だからね!見てよ!カトレアさんみたいな感じになったでしょ!見惚れてもいいのよ?」


「…………………………」


「何よ?」


「その胸って本物か?魔界で完全に覚醒して人間卒業して女神になったんだから大きさとか自由自在だッ」


 パシュンッ!――と指先から空を裂く光の一閃が放たれる。この光が地上に当たると都市どころか1つの国が全て消し飛ぶ。


「………………危ないなぁ。そんなに暴れる子じゃなかったのに……」


 それほどの威力の光線を僅かに首を傾ける形で回避した。人間には反応することすら難しい速度を容易く回避する。


「今のはお兄ちゃんが悪いでしょ!デリカシーなさすぎ!!」


「悪かったよ。あとお兄ちゃんって呼んでくれたな。それそのまま続けててくれ。…………というかこうして普通の会話をするのも久しぶりな感じだな」


「もう……でもそうだね。多分、人間の世界だと4年半くらい経ってるかな?向こうだと……」


「50年くらい居たよな?」


「99年だよ、お兄ちゃん。その辺はちゃんと数えようって言ってたのに……本当に適当なんだから」


「悪かったって。でもよく覚えてるなぁ……あんな場所朝も夜もなかっただろうに。まあいいや…さて……じゃあテルセロに帰るか。『テルセロ』って言葉自体久しぶりだよ」


「そうだね。……えーと、あっちか。今の私たちなら数秒だね。じゃあ……お先!!」


「おい!…………ってもういないよ。俺も行くか」


 そしてその場から2人が消えた。彼らが帰ってきた事に気付いた者は当然いない。


 

◇◇◇

 


「あー……ここも全然変わってないねぇ。まあ4年だから普通かぁ」


「……速すぎだよ。一瞬完全に見失ったぞ。そんなに速く動けるようになってるなんて……お兄ちゃんは嬉しいぞ?」


「私もお兄ちゃんがまともに空飛べるようになったのが嬉しいよ?99年経ってようやく浮遊魔法だもんね。このペースだとイメージ通りの攻撃魔法が使えるようになるには数千年掛かるかな?」


「うるさい」


「……さてと、お兄ちゃんはカトレアさんとアメリアさんのところでしょ?2人は今……ちょうど同じ場所にいるじゃん。

 アルティさんとかアルルさんは……別の国にいるねぇ。2人で旅行にでも行ってるのかな?まあいいや!私は先に家に帰るから。じゃあね!」


「おい!エリス!」


 またエリスは消えてしまった。大人しい子だったのにいつの間にか落ち着きのない子になってしまった。


「まあいいや。…………さて俺は少し街を見てから行こうかな」


 エリスと共に戻ってきた男、神覚者レイン・エタニアは街の中を見渡す。覚醒者としての活動が減っていたとしても放たれる魔力まで失う事はない。


 レインはすぐに上空から見つけた。そして微笑む。探している人がいる建物、その建物の玄関らしき場所には看板が掛けられていた。


 彼女は神覚者、超越者と呼ばれるようにならなければお菓子屋を開くつもりだったと最後に会った時に言っていた。大好きな子供達の笑顔で溢れるお菓子屋を。それを今は2人で営んでいるようだ。


 レインが見つけた建物の看板にはお菓子の絵がたくさん描かれていた。自分の本来の夢を叶えた。それだけで充分満足し、嬉しくなった。でも人間とは欲深い生き物だ。


 それだけじゃ足りない。早く2人に会いたい。あの笑顔と声に出迎えてもらいたいと思ってしまう。そしてレインはその場から消えた。


 次の瞬間にはそのお店の入り口に立っていた。準備中の札が掛けられている。当然、扉には鍵がかかっている。営業時間はお昼からのようだ。今はまだ朝だ。


 しかし店内からは衰える様子のない魔力を感じる。ここにいる、確かにここにいる。そして魔力を放っていない存在もいる。何とも懐かしい匂いがした。2人の気配を中から感じる。


 "本来なら開店まで待つのがマナーだよな?でも我慢出来ないんだ。人と関わるのが億劫だったはずの俺が……何年……何十年間この時を待っていたと思ってるんだ"


 レインは扉に手を添える。するとガチャリと鍵が勝手に開いた。そして扉を開けた。


 カランコロン――扉につけられた鐘が鳴る。その音に中にいる女性も反応する。


「あれ?ドアが開いた?鍵閉め忘れたかしら」


「もうカトレアさん……またですか?」


「いやいや……もうやらないように魔法で自動的に開閉するように術式を組んでるんですよ?」


 その女性2人は調理器具を持ったまま入り口へ向かう。そして誰かいる事を確認して声をかける。


「………ごめんなさい。まだお店開いてないの。お昼には開いてるからその時にまた来てもら…え……る?」


 言葉を話せなくなったカトレアを心配して、アメリアも厨房の方から顔を出した。


「カトレアさん……どうし……」


 そして2人とも入ってきた人の顔を見て声を詰まる。4年前に別れたきりの愛する人。全く変わっていないその姿、服装、優しい眼差し、まるで昨日の今日に会ったようだ。


 その女性カトレアは持っていた調理器具を床に落とした。しかし本来鳴るはずの大きな金属音は聞こえない。


「おっと……」


 レインが〈支配〉のスキルで落ちる前に受け止めた。そして調理器具はフワフワと浮いて横の机の上に並べられた。


「あ……ああ……」


 カトレアは言葉にならない声を出す。見間違えるはずがない。ずっと待っていた。毎日夢に出てきた。毎回お店に入ってくる人がその人だったら良いなと4年間想い続けた。


「ただいま…思ったより時間がッ!!!」


 レインの前からカトレアが消えた。次の瞬間にはレインの胸に飛び込んでいた。加速系の魔法を使ったのか、久しぶりに超越者としての身体能力を発揮したからなのか分からないが速度の加減がバカになっていた。


 レインでなければ全ての肋骨がへし折れているであろう速度でカトレアは飛び込んだ。


「レインさん!レインさんレインさん!……レイン…さん……待って…たんですよ?アメリアさんだってずっと……。もう帰って来ないんじゃないかって少し不安だってんですよ!」


「ごめんな……でも結構頑張ったんだぞ?」


「……分かってます。レインさんはそういう人ですから」


「ほらアメリアも」


 レインはカトレアとは異なりその場に立ち尽くしたアメリアに手を伸ばす。


「…………はい」


 もう涙で顔がぐちゃぐちゃになってしまったアメリアもレインの元へフラフラと歩く。もうまともに歩けない。


 そんなアメリアは何とか前に進み、レインの手を取った。レインはその手を強く握り自分の方へと引き寄せた。レインの大きな身体は2人の女性を簡単に抱きしめる。


「2人とも元気だっか?変わりはないか?」


「「はい!」」


「レインさんは?!エリスさんは何処に?!」


「エリスは先に帰ったよ。俺は……どうしようか。これからお店も開くんだろうし、お客さんも……」


「「臨時休業にします!」」


「い、いいのか?」


「このような日に働いている場合ではありません!すぐに帰りましょう!みんなもきっとレインさんに会いたいと思っているはずです!少しだけ待って下さい!」


「お、おう」


 そう言ってカトレアはレインから離れて厨房の方へと消えて行った。アメリアはまだ涙を流して震えており動けそうにない。そんな中カトレアはテキパキと片付けを始めている。


「アメリア……大丈夫か?」


「は、はい……申し訳ありません……力が入らなくて……」


「別にいいよ。他のみんなは元気か?クレアにステラにセラたちも」


「みんな元気ですよ……今も復興作業が続いていますが、争いもなく、モンスターによる襲撃もかなり減っていて平和に暮らせていますよ」


「そうか……良かったよ」


「お待たせ致しました!では転移で家に帰りましょう!」


 カトレアは厨房から勢いよく飛び出してきた。魔法による遠隔操作でお店の入り口に鍵をかける。そして休業と書かれた札を扉の窓ガラスに引っ掛けた。


 そしてレインの返事を待つ事なく2人の手を掴んで魔法陣を展開した。レインは返事をする事なくその場から姿を消した。



◇◇◇



「レインさん!!」


 レインたちが屋敷の庭へ転移するとエリスと使用人たち、さらには屋敷の警備兵たちも集まっていた。


 そんな人たちにあっという間に囲まれてしまった。満面の笑みを見せる者、涙する者、庭から外の通りへと飛び出してレインたちの帰還を知らせる者など様々だ。


 みんな見知った顔だがその中でレインの知らない子がいた。しかも2人。セラとサーリーに抱っこされていたが、カトレアとアメリアを見ると名残惜しそうに手を伸ばしている。


「何だろうな……その子供どこか見覚えがあるな」


「それはそうですよ」


 カトレアとアメリアはそれぞれその子供を抱っこしてレインの元まで駆け寄る。カトレアが抱いている方が女の子でアメリアが抱いている方が男の子だ。服装と髪型で何となく分かる。


「ママ……このひとはだあれ?」


 子供たちは不思議そうに問いかける。


「この人が2人のパパよ」


 2人の子供とレインの目がバッチリ合う。こういった時にどういう表情をしたらいいか分からないレインは真顔になる。


 レインの顔を見た子供2人はそれぞれの母親に顔を埋めた。


「あらあら……やっぱりまだ人見知りしちゃうみたいだね。でもこれからはずっと一緒だからそのうち慣れるよね」


 カトレアは子供に語りかけるようにレインに話す。という事でレインは魔王軍を壊滅させて戻ってきたら二児の父親となっていた。


「まあ……しばらくゆっくりし……」


「お兄ちゃん」


 レインとエリスは真っ先に同じ方向を見た。そして少し遅れてカトレアも反応する。


「ったく疲れてるんだから少しくらいゆっくりさせてくれよ」


「ダンジョンですね。街中に出てくるのは久しぶりな感じがします。すぐに覚醒者たちが攻略に乗り出すと思いますが……行くんですよね?」


「すぐに終わらせてくるよ……エリスは先に休んでて良いよ。とりあえず行ってくる」


「はーい」


「はい、いってらっしゃい」


「今日は腕によりをかけてご飯を作りますね。ほらパパはお仕事だよー、いってらっしゃいしようね」


 アメリアが語りかける事でこちらを全く見なかった子供もようやくレインの方を見た。


「パ…パ?い、いって……らっしゃい」


「ああ、行ってくるよ。ちゃんと良い子にしてるんだよ?」


 レインは2人の子供の頭を優しく撫でる。そして跳躍してダンジョンへと向かった。



◇◇◇

 


 レインはテルセロの中央通りの真ん中に出現したダンジョンに向かってゆっくりと歩く。いきなり出現したダンジョンの周辺では多少の混乱が起きている。


 人類を滅亡寸前まで追いやった原因であるダンジョンにはいつまでたっても慣れる事は出来ないのだろう。覚醒していない人たちはダンジョンから離れるために走って移動し始める。


 そんな人の流れに逆らって歩く存在は嫌でも目立つ。そんな目立つ存在を見た人たちは逃げる事を忘れて立ち止まる。


「ダンジョンだ!逃げて……は、早く覚醒者を……ってお、おい……あの人って……まさか……」

「うそ?」

「でもあの黒い髪と黒い服を着てる人ってあの人しかいらっしゃらないはずじゃ……」

「ま、まさか……神覚者レイン・エタニア……様?」



 4年経っていてもレインの顔は忘れられていなかった。内心誰にも気付かれないと思っていたレインは少し驚くと同時に嬉しさもあった。


「さてと……魔王軍を倒して戻ってみればダンジョンも出てくるし、子育てと復興作業……これからもやらないといけない事がたくさん残ってるな」


 それでもレインは微笑む。これまでならエリスと関係ない面倒な事はやらなかった。でも今はそんな事は全く思わない。色々な人とも積極的に関わり、色々な事を学ばないといけない。


「あ、あの……」


 混乱した群衆に押され、逃げ遅れていた1人の女性がレインに声をかけた。レインが来た事で混乱が一気に収拾し、落ち着いてダンジョンから離れる事が出来るようになっていた。


「大丈夫ですか?このダンジョンは俺が攻略するので避難してください。多分……もう少ししたら覚醒者たちが来ると思いますけど、俺が入った事を伝えてもらえると助かります」


「は、はい!お任せください!」


 そう言って女性は駆け出した。周囲にはレインを取り囲むように人集りが出来ている。もう誰も避難するつもりはなく、ただ帰ってきた英雄の姿を見ようと必死だった。


 帰ってきてもやる事はたくさんある。魔王たちは片付けた。しかしまだ神がいる。この地には来ないかもしれないが、既に神々とも敵対関係にある。いつか魔王たちのように地上へ顕現するかもしれない。敵はまだいる。



「…………挨拶回りも追加だな。やる事が本当にいっぱいだ。とりあえずこれから終わらせよう……行くぞ?」 



〈傀儡召喚〉





 

――――――――――――――――――



 これにてこの話は終わりです。ここまで読んでいただきありがとうございました。


 これまで書いては消して、書いては消しての繰り返しで完結までいったのは初めてでした。割と勢いで書くことが多いので、回収してないことや矛盾点など多くあったかと思います。


 そうした点は次回作から構成などをしっかり作ってから書くなどして改善していこうと思っています。

 次の話は色々考えてます。レインの子供たちをメインにした話にしようか、全く新しい話を書こうか悩み中です。書く事は好きなので、筆を折る事はこの先一生ないのだろうと常々思います。


 また近いうちに何かしらの作品を掲載するかと思います。またその際にお会いできたら幸いです。ありがとうございました。


 

 


 

 


 

 

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成り上がり覚醒者は依頼が絶えない〜魔王から得た力で自分を虐げてきた人類を救っていく〜 酒井 曳野 @sakaihikino

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