第144話
「…………ぐッ!」
レインは自身へと向かった2つの水の斬撃の内の1つを別の刀剣でギリギリ防いだ。しかしもう1つには反応し切れず頭部……額を掠めた。
ドロリとした生暖かい液体がレインの顔を流れる。それが血であることはすぐに理解できた。
「クソ……魚のくせに強い」
レインは小さな声で呟く。黒い水をあの池以外から出現させる事も、固めて固定する事も出来る。さらに斬撃を分裂させる事も出来るようだ。
「貴様……今何と言った?吾輩の事をなんと呼んだのだ?」
「……なに?」
魚のボスはいきなり怒りを露わにする。魚って呼ぶのが駄目だったようだ。どう見ても魚なのだが。
「下等種である人如きが!吾輩の事を魚と言ったのか!」
「いや……どう見ても魚にしか……」
それを言い切る前にレインの頬のすぐ横を斬撃が通り抜けた。そこから少し遅れるようにレインの頬も切れる。
「吾輩は蛇疫の魔王ラデル・プーザ様にお仕えする『三毒魔』が一角!キアルファクスである!吾輩を愚弄した罪はその首を持って償ってもらおう!」
魚のボス改めキアルファクスは魔王の側近だった。階級で言えばヴァルゼルよりも上だ。しかしレインはそれに動揺もしない。
キアルファクスが仕えていた魔王の名前に聞き覚えがあった。エリスを苦しめた毒人形を作った魔王の配下。
レインは瞬時にキアルファクスの目の前まで移動する。怒りはあるが、冷静だった。コイツを殺すという明確な殺意がレインの身体能力を底上げする。
レインの剣はキアルファクスの首を捉えようとした時だった。予想はしていたが足元から出現した水の壁がレインの剣を受け止める。
そしてすかさず水の壁から無数の水の槍が飛び出してくる。その攻撃は予想出来ていたレインは空中で身体を翻して回避する。
傀儡は使わない。エリスを苦しめて奴の仲間はレイン自身の手で殺すと決めていた。それに傀儡が役に立つとは思えない。
"コイツはこんな見た目でも強い。でもエリスを苦しめた奴は絶対に許さない。それが誰であってもだ。必ず報いを受けさせる"
レインはもう一度剣を構えて突撃する。キアルファクスも応戦するように水の刃を複数作り出した。
◇◇◇
「はぁ……はぁ……」
「人間の分際でよくぞここまで耐えられたものよ。確かにお前は人間の中では……強いのかもしれないな。あの偉大なる聖戦の時には、お前のような者は数えるくらいしかいなかった。お前はこの時代の人間の中では強い方なのかい?」
「…………知るかよ」
レインはあの後一撃も攻撃を受けていない。しかしレインの動きがある時から格段に遅くなり全ての攻撃が鈍り始める。酷く疲れ、視界はかすむ。
「辛いであろうな。吾輩は攻撃に自分の魔力を混ぜ込んでいる。それは人間にとっては激毒だ。普通であればすぐに全身が腐って死ぬはずなのだが……お前は何で生きているのだ?」
「……………………」
「いや……どの道限界であったか」
レインは最初に受けた攻撃で毒を受けていた。何でこんなにクラクラするのか謎だったが、向こうが勝手に話し始めた。
ただ原因が分かっても治るわけじゃない。額と頬からの血が止まらない、水の斬撃が何重にも見えている、左手の痺れは酷くなる、息苦しさを感じさせるこの毒の治療はすぐには出来ない。そんな猶予を与えてくれる相手ではない。
「……ふぅー………」
レインは深呼吸をする。そして天を仰ぐ。
"多分……あいつはこれまでの奴よりは強くない。カトレアの方が強いと思える。……この毒のせいだ。これ以上続けても俺が消耗していくだけだ。
次の一撃が威力を持って出せる最後の一撃だ。……もうアルティばかりに助けられるのは嫌だ。これで決める。そして帰る"
レインは剣の切っ先をキアルファクスへ向ける。そしてもう一度深呼吸する。
"もっと速く動け。アルティが言っていた。スキルを完成させる為には速度を意識する必要があると。脚だけじゃなくて全身を使う。アイツの身体を両断する為の道だけを見ろ。最高速度を叩き出せ!!"
◇◇◇
「………………ここは?」
レインは真っ暗な闇の中に立っている。声を出したが出せていない。不思議な場所だ。ただここに来るのは2回目だった。
「速度を意識するって……本当に意識するだけなんだな」
レインの目の前には真ん中の錠だけ解かれた黒い箱が出てくる。
「……小さくなってる?」
前は見上げるほどの大きさだったが今はレイン自身と同じくらいだ。そしてあの時と同じように鍵を手にしていた。その鍵に呼応するように向かって右側の錠が光る。
もう何をすればいいのかは分かる。
"アルティ……俺に力をくれ"
鍵は消えてガチャリと鍵が開いた音が響く。そして既に少しだけ開いていた蓋がさらに開いた。すぐにあの時よりも多くの漆黒の魔力が溢れ出した。
「……エリスを苦しめた原因の仲間は必ず殲滅する。やっぱり俺は……世界中の全てを救いたいと思うような崇高な人間じゃない」
エリスとレインを慕ってくれる人以外は心底興味を持てない。
これほどの力を手にしたならば世界を滅ぼす脅威から世界を守るために武器を取る……勇者という
今……何でそんな話を思い出すのだろうか?
「俺は自分を犠牲に世界を救うより……世界を犠牲にしてでも大切な人を守る……そんな覚醒者になりたい」
黒い魔力が放出し終わる頃、レインの身体は宙に浮くような感覚を覚える。元いた場所、あの場所へと戻ろうとする。
「…………そうしなさい。あなたはそうあるべきなのです。あの子を来るべき時まで守りなさい。残りの鍵は2つです」
後ろから声をかけられる。レインは勢いよく振り返る。暗闇の向こうに誰かがいる。女性だ。でもアルティじゃない。
「…………え」
◇◇◇
「……どうしたのだ?剣を構えたままいつまでそうしているのだ?」
現実へと急速に引き戻された。
――ピコンッ!
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