第143話






「……………………」


「……………………」


 2人の間に沈黙が流れる。……いや頼むから反応してくれ。……間違えたか?



「…………ふぇ?!……い、今?!何を!」


「……ごめん、嫌だったかぁぁああああ!!」



 アルティは照れ隠しなのかさらに力を込めた。もうこれ以上、レインというか人間の身体は反対側には曲がらない。


 "マズイ……やはり間違えた。アルティは力の加減を間違えてる。死ぬ……本当に死ぬ"


 レインはアルティの肩を掴んで本気の力で引き剥がそうとする。それでもビクともしない。巨大な山を押しているようだ。

 でもこの照れているアルティを正気に戻して引き剥がさないと死ぬ。それを理解したレインは力を振り絞る。


――ピコンッ!

――スキル〈最上位強化〉がLv.8になりました――


 "こんなんでも上がるのか。それでも全く動かない"


 レインが本格的に焦り始めた頃、ようやくアルティがレインを放した。レインは力が抜けてしまいその場にしゃがみ込む。


「はぁ……死ぬ……」


「ごめんね。感極まっちゃったよ。レインも大胆な事をするよね。びっくりした」


 座り込んだレイン前にはいつも通りのアルティがいる。Sランクダンジョンのボスを前に何をやっているのだろう。今の状況を思い出したレインは立ち上がる。


「アルティ……もう良いだろ?ここを終わらせよう」


「…………まあ良いだろう。このまとわりついてくる気色の悪い魔力……なぁんか覚えがあるんだよね」


「そうなのか?!」


「まあ行ってみようよ」


 レインはアルティの後ろをついていくように歩く。先に進むにつれて暑い日の雨上がりみたいな気持ち悪い魔力が一層に濃くなっていく。


 そしてその場所に辿り着いた。薄暗い洞窟の先が一気に開けた。洞窟の中である事に変わりない。数十メートル以上は余裕にある奥行き、巨人兵も召喚可能な高い天井、何より目を引くのはこの場所の半分を占める黒い池だ。まるで地上で苦戦した黒い海のようだ。


 さらにその存在にも気付いた。黒い池の中央に尖った岩があった。その上にバランス良く立っている者がこのダンジョンのボスだと直感で理解した。

 

「よく来た……人間よ。ここへ来たのが2人だけとは……他の人間は死んだのであろう?吾輩が送り出した兵士たちはどうだったかな?」


「………………………………」


「………………………………」


 アルティもレインも返事はしない。コイツが何か勘違いをしているからだ。レイン以外が死んだと言っているという事は地上の状況を把握している訳じゃないようだ。それにアルティが放った魔法の事にも気付いていない。


「どうした?恐怖で声も出せないとみるが……どうだろう?……人間、吾輩の…言葉は通じているのであろうか?人間の言葉というのは……吾輩には理解し難い」


「……………………うわ」


 ようやく目が慣れてきてその声の主の姿を確認できた。顔はまさしく魚だった。メルクーアの市場で吊るされていたのを見ていて何となく覚えていた。


 なのに身体は鱗混じりでムキムキだった。そして何故かテカテカしている。腰にボロ布をまとっているだけでそれ以外の防具も来ていない。武器も何も持っていないように見える。言葉を話すのが異様なだけだ。こんなのがボスなのか?


「ふむ……吾輩の軍団がどうであったか知りたいのだが……言葉も話せぬ雑兵は不要だ」


 魚のボスは黒い水を操り、レインへと超高速で飛ばした。水は形を変えて刃のように薄く広がる。


 レインは咄嗟に剣を召喚して弾き飛ばした。黒い水の斬撃はレインの刀剣に当たるとその場で弾けた。


 薄暗い洞窟、それに溶け込む黒い水の斬撃、さらに高速で接近してくる。レインの目を持ってしても反応が遅れる。


「ほお?吾輩の攻撃を止めたのか?確実に殺害するつもりで放ったが……剣で弾き飛ばすとは……なかなかの反応速度であるな」



「お前に褒められても……」


「だが……無駄だ。吾輩の〈黒魔水〉から逃れる事は出来ない。………行け」



 魚のボスの周囲にある池から黒い水が飛び出してきた。今度は数が多い。黒い水の斬撃を大量に、そして見動けせずに繰り出せる。


 "この数全部は弾けない"


 レインは水の斬撃を少し引きつけてから右へ避ける。斬撃は真っ直ぐ進んで後ろの方へと飛んでいく。


「曲がれ」


 ボスがその言葉を呟いた。その瞬間、放たれた水の斬撃はその場で少し停止した後、即座にレインへ向けて追尾を開始した。


 既に一度放った水の斬撃そのものを操れる。まるでレインの〈支配〉のスキルのようだ。目標に命中するまで追尾する斬撃、この数と速度。並の覚醒者なら成す術なく最初の一撃で切り刻まれていただろう。


 しかもそれを一切動く事なく言葉だけで操れる。予備動作がないから反応も遅れる。しかし反応できないわけじゃない。レインは周囲に迫る水を全て弾き飛ばした。


「……さすがはSランクダンジョンのボスだな」


「掴め」


 魚のボスが呟く。すると突然レインの足元から黒い水が湧き出して足を覆った。レインはすぐに足を上げて引き離そうとするが、既に固まり地面と接着された。


「行け」


 そして間髪入れずに水の斬撃がレインへと向かう。避ける事は出来ない。


 レインは剣を構えて同じように迎撃する。レインへ向けて真っ直ぐ進む斬撃をレインの刀剣が弾き飛ばそうとする直前。


「分裂」


 水の斬撃はレインの剣を避けるように2つに分かれた。そして2つの斬撃はレインを挟み込むようにして突撃した。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る