第142話






「さてと……じゃあここのボスの顔を見に行こうか。そこでレインのスキルを完成させよう。私たちだけ行くからね」



「……分かった」



 もしボスが強く、アルティが戦う事になればレイン以外は巻き添えになり負傷するだろう。負傷では済まない場合もある。そこにSランクも神覚者も関係ない。


 ニーナと阿頼耶もここに置いておくべきだと判断する。何よりアルティが2人で行くと言うならその判断に従った方がいい。


「阿頼耶、ニーナさんはここで待っててくれ。あとニーナさん……多分、そんなに時間はかからないと思います。魔法石の回収などが可能ならやっておいたほうが良いかもしれません」


「分かりま……した。あの……レインさん」


 まだ舞い上がる土煙の中への進もうとするレインをニーナは呼び止める。


「ニーナさん?」


「また……会えますか?」


 ニーナは何となく不安だった。このままレインが帰って来ないんじゃないかと思った。


「え?もちろん会えると思いますよ?どうせ帰ったらメルクーアの王様とか貴族とかと食事会でしょ?

 イグニスに戻ってからもご飯食べて話す仕事ばっかりだと思いますしね。ニーナさんも一緒に攻略したんだからこれまで以上に行動を共にする事になると思いますよ?」


「そ……そうです…よね。レインさん!頑張って下さい!」


「はい」


 レインはニーナへ手を振って歩き出す。土煙の中へと消えていったレインを阿頼耶とニーナは黙って見送った。そしてすぐに行動を開始する。


 レインは必ずこのダンジョンを攻略する。それもそこまで時間はかからないだろう。


 島の周辺にはこれまで上陸しようとして撃退されたモンスターが落とした魔法石が大量にある。回収する余裕がなかっただけで至る所が魔法石の光でキラキラと輝いている。


 このほとんどがAランク相当のモンスターが素材の代わりに落とした魔法石だ。全て回収すればどれほどの金額になるのか見当もつかない。自国の為、レインの為に少しでも回収する必要があるとニーナは判断し、他の覚醒者たちの元へ向かった。



◇◇◇



「さあレイン行こうか。ここから飛び降りるよ」


「………………マジで?」


 レインたちの目の前には大きな穴がある。イグニス覚醒者組合の訓練場くらいだろう。そして底が見えない。これほどの魔法が近くで炸裂してよく無傷で済んだものだ。自分を褒めてあげたくなる。



「ほら!さっさと行く!」



 身体を乗り出して大穴の底を眺めていたレインをアルティが後ろから蹴り飛ばす。


 "コイツ……マジか?"


 レインはそのまま頭から落下する。その横をボーッとしながらアルティも落下している。最初は焦ったが、横で平然としているアルティを見て一瞬で落ち着いた。


「アルティって空飛べるの?」


「飛べるよ。魔法だけどね。〈支配〉で出来ない事もないけど疲れるから」


「それって俺にも使えるかな?」


 自由に飛行が可能となれば今後の活動にも大きな利益がある。もう馬車に乗るたびに腰が爆発しそうにならずに済む。


「無理じゃない?」


 即答だった。少しは期待のある回答を予想していただけに「無理」という言い切りに心臓がキュッとなった。


「……え?な、なんで?」


「だってレイン……本当に才能ないんだもん。知ってる?1を100にするのと、0を1にするのって難易度が全然違うんだよ?レイン…今すぐに女になれって言われて出来る?」


「…………俺の魔法はそんな次元なの?この前ちゃんと炎は出たじゃん」


火球ファイアボールって叫んで空を裂く炎の柱を出現させてるんだから仕方ないよね?空飛ぶ練習を始めたら天井に超高速でぶつかって死ぬと思うよ?それくらい魔法の出力調整が出来てないんだよねー」


 魔法の出力に関してはアルティに言われたくないと思ったが我慢して口を閉じる。


「………………………」


「そんなに落ち込まないでよ。でも剣の方は使えるんだからそっちをメインにした方がいいと思わない?魔法って……ほらなんか怖くない?」


 アルティが魔法よりも剣の方がいいとオススメしようとするのが余計に辛い。


「あっ…あぶね!」


 突然アルティが指をパチンと鳴らす。するとレインとアルティの落下がピタリと止まった。何が起こったのか分からなかったレインは下を見る。


 レインはアルティに蹴落とされたから頭から落下している。だから下を見る為に顔を上に向ける。


 暗くて見え辛いが明らかにそこに地面があった。逆さまのせいで垂れた前髪は地面についていた。あと1秒でもアルティが地面の接近に気付くのが遅れていたら地面と激突して死んでいた。


「ふぅー焦ったー」


 アルティはもう一度パチンと指を鳴らす。するとアルティは足から、レインは結局顔面から地面に落下した。


「…………痛い。俺の方向を変えるとか出来なかったの?」


「まあまあ……そんなに怒りなさんなって。ほらぎゅーってする?」


 アルティは笑顔で手を広げる。ただそんなことよりも奥の方へ続く洞窟が気になる。ここにレインたちが来ていることに気付いている。


「そんな事どうでもいいから行こう。向こうだって気付い……」


 レインが言い切る前にアルティはレインの背中に手を回した。先程よりも身体中の骨が悲鳴を上げる。


「がッ…………ア、アルティ……?」


「……私とのハグを断るなんて……命が惜しくないの?断る資格は私より強くなってからでしょ?」


 アルティは腕の力を強めていく。言ってはいけない事を言ってしまった。こうなったアルティは本当に面倒くさい。


「ご、ごめん……でも後ろから……魔力が……」


 アルティの背後、奥へと続く洞窟の先からは濁ったような汚い色の魔力が漂っている。気色の悪い、人を不快にさせる魔力だ。


「そんなの知ってるよ。あんなの私からすれば雑魚だね!雑魚!。どんな奴か知らないけどね。でも今はそんな事どうでもいい!アンタが私との触れ合いをどうでもいいって言ったのが許せない!」


 "ぐあああッ!面倒くさい!背骨が折れる!!……それよりマズイ。こうなったアルティの機嫌は本当に直らない。あの場所で年齢の事をイジったら10日間くらい炎に追いかけられた。今この場で10日間も骨を犠牲にできない"


 どうするべきかとレインは必死に考える。アルティの機嫌を一撃で直す方法。……そんなもんすぐには思い付かない。


 いや前に街中を歩いていた時に若い男女がやっていた事があった。あの時は微塵も興味はなかった。……別に今もないがあの時、男が女性にやっていた事をやればアルティの機嫌も直るんじゃないだろうか?


 レインは唯一動かせる右手でアルティの前髪を上げる。アルティは不機嫌そうな顔をしながらも視線はこちらへ向けている。


 "ああ……いざやるとなると恥ずかしい。でもこのままだと俺の背骨と上で待つみんなが危ないかもしれない。勇気を持て!俺!"


 レインは目を閉じてゆっくり近付き、アルティの額にキスをした。

 

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