第145話






――制限解放条件の一つ『肉体』をクリアしました。これにより一部制限がさらに解除されます――


――制限解除に伴いスキル〈強化〉〈上位強化〉〈最上位強化〉を統合します。混成スキル〈魔王躯〉を永続的に獲得しました――


――スキル〈魔王躯〉獲得により身体能力が超大幅に向上します。状態異常耐性及び自然治癒力が大幅に向上します――


「……これなら行けそうだ」


 毒による辛さが一気に回復した。完全に消えたわけじゃないが、かなり楽になる。上がっていた息もどんどん落ち着いていく。これが完成された肉体を補完する魔王の身体。


「今なら……何でも出来る…かも」


 レインは既に全身に溜めていた力を解放してキアルファクスへと接近する。しかし踏み込みが強すぎた。

 レインの予想を遥かに超える力と速度を出せた。そのせいで接近しすぎた。刀剣の刃はキアルファクスを通り抜ける。完全に行き過ぎた。


 でも止める事、やり直す事はできない。レインは剣を手放した。そして拳を強く握り魚の顔面に全力の裏拳を放つ。


 ゴシャッ――という聞くに耐えない鈍い音と共にキアルファクスは何回転もしながら吹っ飛んだ。そのまま物凄い勢いで洞窟の壁に打ち当たる。壁は崩れキアルファクスは崩れた壁に埋もれた。


 手応えはあった。完璧に命中した。手がネバネバするのは気にしない。そして安心はできない。レインは大剣を召喚して瓦礫へ向けて跳ぶ。


 キアルファクスが出てくる前に瓦礫ごと粉砕する。もしかすると死んでいるかもしれない。それでも確実に殺したと思えるまで徹底的にやる。


「防ぎ……遠ざけよ」


 瓦礫の中から声が聞こえた。その声を認識した瞬間にレインの背後の水が動く。その速度は強化されたレインと同じレベルだ。


 黒い水は振り上げた大剣の刃にまとわりつく。これにより大剣を振り下ろせない。続けて黒い水は鞭のようにしなり反対側へ大剣をレインごと放り投げる。


 レインがキアルファクスがいる反対側へ着地したタイミングで中からキアルファクスが飛び出してくる。瓦礫は周囲に飛び散る。


「貴様は危険だ。あの御方の為に貴様を排除する」


 キアルファクスが右手を上げる。黒い水が呼応し、形を変える。それは刀剣の刃だけのような形に変わりゆっくりと回転している。それが複数出てきた。


「切り裂け」


 その言葉に合わせて水の刃は高速で回転しながらレインへと向かう。レインは片手に盾を、もう片手に剣を召喚する。刃の数が多く、全てを斬り伏せる事はできない。盾で防ぐ必要がある。


「貫け」


 高速で回転しながら接近する水の刃の奥から細い水の槍が超高速で向かってくる。その槍は水の刃よりも速い。


「…………やりづらいッ!」


 レインは盾を前に放り投げて〈支配〉で固定する。その盾で水の槍を受け止めた。しかし水の刃は盾を左右に回避してレインへと向かう。レインはさらに別の盾を召喚して迎え撃つ。


「穿て」


 キアルファクスが呟く。すると止めていたはずの水の槍は盾を貫通した。そして左右から迫る刃に気を取られていたレインの頭部を貫く。



◇◇◇



「はい、油断したね。防ぐだけじゃ敵は倒せない。その身体があるなら動きながら狙わないとね」


 盾を貫通した槍はレインの頭の直前で停止していた。水の刃も全て消えていた。水の槍はアルティが手を差し入れて受け止めていた。しかし水の槍はアルティの手のひらさえも貫通していた。


 初めて見る。アルティの手から赤い血が滴り落ちる。

 

「アルティ……そんな……」


「レインが無事なら良いよ。気合い入れたら痛みもない。それに私に毒は効かない。それよりも……さっきあいつが飛ばした瓦礫が頭に当たってるんだよね。普通に痛い。完全にボーッとしてたよ。レインがあんな事するから」


 "……俺が悪いの?"


「まあいいや。さてと……私のレインに毒を食らわせてくれたアイツは許せないね。確実にぶっ殺してやろうかな」


「アルティ!アイツは魔王の側近だ。相当強いぞ」


「あん?三毒魔とかいう連中の1体でしょ?あの毒作るしか能のないバカの腰巾着が勝手に名乗ってるだけだよ。

 あの毒バカはあんな気色悪い顔の側近なんて居なかったはずだ。部下を毒の実験に使うような奴だったからね」


 アルティはため息を吐きながら話す。それもかなり大きい声で。顔を魚って言っただけであんなに怒ったキアルファクスが主人と崇める魔王ラデルを愚弄したらどうなるか。誰だって分かる。


「女……我が主人を愚弄したな。決して…ゆ、ゆゆ、許さぬぞぉ!!!」


 キアルファクスはいつの間にかアルティの後ろにいた。レインとアルティの間に立つ。黒い水を全身にまとっている。アルティは明らかにイライラした表情を浮かべながら振り向く。もうレインの出る幕はないだろう。


 "俺が倒したかったけど……アルティを押し除けて前に出たら俺が殴られそうだ"


「お前……まあいいや……」


 アルティが何かを呟こうとして止める。


「何をぶつぶつ言っているのだ!さっさと死ね!!」


 キアルファクスは水を操り薄い斬撃となってアルティを取り囲む。その囲いはすぐに縮まりアルティを切り刻もうとする。そして見えなくなった。


「フハハハッ!あれだけの威勢を張っておきながら!何も出来ずに細切れになりおったわ!さて次はお前だ、愚かな男よ!」


 キアルファクスは水の刃で取り囲まれたアルティの横を通り過ぎてレインへと向かう。レインは咄嗟に剣を構えた。


 しかし……。


「こらこら……お魚さん、私を無視するんじゃないの!」


「ガ…ガハッ……」

 

 水の刃の渦から突然手が飛び出してきた。その手はキアルファクスの首を鷲掴みにする。キアルファクスは即座にその腕を切り落とそうと水の刃を操り攻撃する。


 しかし水の刃はアルティの腕を撫でるだけで全く切れない。


「くすぐったいなぁ」


 アルティはキアルファクスの首を掴んだまま刃の渦の中から出てきた。その時もアルティの黒く長い髪が揺れただけだ。どれだけ硬いのだろうか。


 

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