第146話






 "…………いや今はそんな事どうでもいいな"


 レインは立ち上がり援護すべきか考える。これまで何度も助けられた。しかし今回は魔王の側近だ。本当かは分からないが、これまで以上に厄介な敵なのは確実だ。


「は、はな……放せ!!」


 黒い水がアルティの足元から湧き出す。それは刀剣や槍の形に変わり、アルティの身体を貫こうとする。しかし貫通しない。命中はしている。まるで鋼鉄の壁に木の棒を押し当てているように刺さらない。


「うーん……もう少し左にしてくれない?その辺が1番肩凝りが酷いのよ」


「な゛ッ……な、何なのだ?!……ぎ、ぎざま゛!!」


「私を知らない?……魔と闇の神として君臨する絶対的な悪の象徴によって創造された6つの王の存在は?それすら知らないならお前は三下の三下で……えーと……六下?」


 アルティが訳の分からない事を言い出した。しかしキアルファクスは違ったようだ。


「ま゛……まざがッ?!なぜ…ぎざまがぁ……」


「私が誰か分かったかい?」


「……ぞのぉッ……髪…ぞの…ひどみ…やはりッお前…も裏切ったのか……狂戮の魔ッ」


 グシャッ――キアルファクスが何かを言い切る前にアルティが首を握りつぶした。まさしく首の皮一枚繋がっている状態でキアルファクスは地面に投げ捨てられた。


 この状態で生きている訳がない。キアルファクスは血を吹き出しながら痙攣する。これは生きているのだろうか。


「〈獄炎ヘルフレイム〉〈雷撃槍ライトニングランス〉」


 アルティは2つの攻撃魔法を同時に放った。ズドンッ――とキアルファクスがいた場所は大きく窪み、キアルファクスの身体を粉々に吹き飛ばした。


「そっちじゃねぇよ」


 アルティが何かを呟いた。しかし攻撃魔法による爆発の残響でよく聞こえなかった。


「…………アルティ?」


「あー……ごめんね。うっかり殺しちゃったよ。……私はもう帰ろうかな。疲れちゃったよ。あとは自分1人で地上に戻れるかい?」


「ああ、大丈夫だと思う」


 その返事を聞いたアルティは微笑む。あの魚が言いかけた事が気にならないと言えば嘘になるが、とても聞ける雰囲気ではない。それに聞いても教えてくれるとも限らない。誰だって隠し事の1つや2つや3つくらい余裕であると思う。だから聞かないことにした。


「そうか。良かった。じゃあ私は戻ろうかな。またピンチになったら助けてあげるからね」


「あ、ああ…ありがとう」


 アルティはニコリと笑う。そしてあの時と同じように黒い球体に形を変えた。その球体はフワフワとレインへと近付き胸の中へと入って行った。


 その場には阿頼耶が着ていた装備だけが残される形となった。それを回収してレインは来た道を戻る。もうこの場には何もないから。



◇◇◇


「レインさん!」


 アルティが開けた大穴からレインが飛び出す。全力の跳躍を何度か行えば簡単に地上に戻る事が出来た。レインが出てくると周囲に覚醒者たちが集まる。


 穴から飛び出した時に周囲の状況はある程度理解できた。黒い海は完全に消滅していた。辺り一面が砂浜のような状態になっていた。


 そして島だった場所の中央に青い光の柱が出現していた。それが出口であると瞬時に理解できた。


「レインさん!ご無事ですか?!怪我はしてないですか!」


 真っ先にニーナがレインへと駆け寄る。続いて阿頼耶だ。その後ろには神覚者たちが集結している。


「怪我はありません。ボスは何とか倒しました。その辺の話は後でしましょう。もうここを出た方がいい。ここを他のダンジョンと同じだと思わない方がいいでしょう」


「異論ありません。既にほとんどの魔法石も回収して集めてます。ただ持ちきれなくて……レインさんのスキルをお借りしてもいいですか?」


「大丈夫です。行きましょう」


 喜ぶのはまだ早い。ここは普通のダンジョンとは違う。さっさと外へ出た方がいいだろう。


 レインは魔法石が集められた中央指揮所に行く。その道中で最上級の解毒ポーションを飲んだ。渦高く積まれた魔法石の光が眩しい。そんな魔法石の山が何個もある。Aランクダンジョンで回収した量とは比べ物にならない。結構時間がかかるかもしれない。


「ここへ入れて下さい!」


 レインは収納スキルの入り口を全力で広げる。それでも十分とは言えないがこれが限界だった。レインが指示を出すとランクに関係なく全ての覚醒者たちが魔法石をありとあらゆる手で入り口へと放り込んでいく。


 久しぶりに見た気がするオルガが氷の道を作って魔法石を滑らせて放り込んでいたのが1番印象に残る。

 

「傀儡召喚……お前らも魔法石を入れていけ」


 レインはこの場の覚醒者たちだけでは時間がかかると判断して傀儡も大量に召喚する。収納スキルの入り口が1つしか作れないのが残念だ。


 魔法石を頑張って運ぶ覚醒者たちをレインは端に座って見ていた。ボスを倒したレインは役目を果たしたと言われて、これ以上は何もするなとオーウェンに釘を刺された。


 そんなレインの横にニーナがいる。ニーナも覚醒者たちの指揮しながら死傷者を限りなく抑え込んだという事で休みになっている。他の神覚者たちも同じだ。オルガ、アリアとオーウェンが魔法石を運んでいる。


 回収は全員の協力もありすぐに終わる。


「……さあ…帰ろう」


 こうして数日続いたSランクダンジョン攻略戦は終わった。ほとんどアルティが解決したようなものだが、別にレインがクリアしないといけないという決まりもないしプライドもないからこれでいい。


 レインたちは島の中央から天へと昇る青い光の柱の中へと進んでいった。



 

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