第209話





◇◇◇



 ここはセダリオン帝国帝都『ロラナス』


 既にエルセナ王国またはイグニスの神覚者との戦闘が開始されているはずだ。それなのに『中央平原』に派遣した兵士たちから一切の報告がない事を怪しむ者たちが多くなってきた。


 帝都ロラナスにいる兵士は帝都守備隊であり覚醒しているかどうかに関わらず精鋭揃いだった。偵察隊を送ろうと提案する者、サージェス共和国軍を支援として向かわせる提案をする者、万が一に備えて防衛陣地を帝都周辺に構築する事を提案する者などがいる。


 全員が帝国の為に自分自身を捧げている忠誠心の持ち主ばかりだった。だから皇帝が何もしなくても帝都を守る為に行動している。帝都は外壁、第1防壁、第2防壁、最後に城壁と徹底した皇城防御の設計が為されている。


 兵士たちのほとんどが外壁の上に集結して3箇所ある正門を特に厳重に警護している。そんな時だった。


「………………ん?あれは?」


 1人の兵士が何かを見つける。その兵士は遠見魔法が付与された双眼鏡で周囲を偵察していた。普通の物より魔法が付与されている分、かなり遠くまではっきり見える物だ。


 その兵士は独り言のように呟いただけだ。しかし一応は戦争状態である帝国の兵士たちはすぐにその方向へ注目する。


 帝都ロラナス周辺は平坦な大地が続いている。帝都から整備された街道が各地点へと伸びている。その道の1つに兵士たちの視線が集中する。


「あれは……まさか……」


 最初は1人だった。なのに少しずつ数が増えている。街道を歩く商人の集団が来た可能性もある。ただ今回だけはそれを即座に否定する。何故なら先頭を歩く者以外は人ではない。


「不死の……軍団!!……敵襲!!敵襲だ!!」


 レインのスキルの事を共有されていた複数の兵士がほぼ同時に叫ぶ。それと同時に覚醒者が空へ向けて魔法矢マジックアローを放つ。それは一定の高さまで昇ると破裂音を周囲に響かせながら赤い光を放ちゆっくりと落下する。


 既に陣地を構築していた帝国軍帝都守備隊は一斉に行動する。敵と断定して者は歩いてこちらへ向かって来ている。


「弓兵と覚醒者は防壁上から敵が射程に入り次第攻撃開始だ!皇城までの道にもバリケードの構築を急げ!皇帝陛下の元へは行かせるな!!」


「「「了解!」」」


 帝都守備隊隊長である兵士は全ての者に指示を出していく。ものの数分で迎撃体制の構築が完了する。常日頃、厳しい訓練に耐え続けた兵士たちだからこそ出来た事だとその隊長は感心する。


「おい!誰か残り2箇所の帝都正門に行って、そこにいる兵士からも一部を引き抜いてここに援軍として連れて来るように……」


 その時、3箇所ある帝都の入り口、残りの2箇所からも同時に赤い光を放つ魔法矢マジックアローが放たれた。



「クソ……既に包囲されているのか?いや……ただ奴のスキルは数を揃えれば揃えるほど弱体化するはずだ!なら奴を殺せば終わり……」


「隊長!!」


 状況を掴もうとする隊長に別の兵士が声をかける。


「なんだ!」


「奴が走って向かって来ます!すごい速度です!」


 その兵士の言葉を確認する為に隊長は視線を向ける。両手にそれぞれ剣を持ち走っている。速い。軍馬に近い速度だ。


「大丈夫だ!あれなら我々でも何とか反応できる!弓兵は射程に入り次第自由に放て!

 覚醒者部隊!攻撃魔法を合図で撃て!横に回避されない様に扇状に満遍なく放つんだ!」


「「「了解!!」」」


 弓矢の有効射程は約80メートルほどだ。まだレインには届かない。しかし魔法攻撃の射程はその覚醒者がどれだけ魔力を込めたかによる。帝都外壁から目標であるレインまでの距離は約120メートルだ。魔法ならば十分に届く。


「行くぞ!……今だ!魔法攻撃開ッ」


 隊長が腕を振り上げて合図を送ろうとした時だった。自身の視界の端に何か黒い物が動いた気がした。


 周囲の兵士たちも騒然とする。隊長はその正体を確認する為に身体を向けようとした。しかし身体がいう事を聞かない。視界の中の上と下が反転している。何が起きたのか分からない。


 ただ自分の目の前に神覚者レイン・エタニアがいる事は理解できた。


 "そんな馬鹿な?!あそこからここまで一瞬で移動したのか?!マズイ!外壁に登られた。早く対応しなければ……帝都への……侵入を許して………………"


 帝都守備隊隊長は首と身体が泣き別れその場に倒れた。


「隊長!!」


 跳躍し外壁に登ったレインを挟む様に弓を構えた。いくら精鋭といえど隊長は首を斬り落とされ、さっきまであそこにいたはずの敵が目の前にいる……こんな状況では冷静でいられなかった。


「うわあああ!!こっちに来るなぁ!」


 複数の兵士がレインを狙って矢と魔法を放とうとする。しかし冷静な兵士も当然いる。


「やめろ!!この位置で撃つのはマズイ!!」


 レインは数列に並んだ兵士の間にいる。左右の兵士が同時に撃てばどうなるのか……普段ならば誰でも分かることだ。ただ目の前にいきなり現れた死の存在に混乱した。


 他の兵士の忠告も耳に入らず混乱した兵士たちは弓矢と攻撃魔法を放った。それをレインは容易く飛んで避ける。そもそも矢の速度よりも速く走れるレインに命中するわけがなかった。


 レインに向けて放たれた矢と魔法はお互い交差して自軍の兵士たちに命中する。外壁上では大爆発が起こった。しかし全滅する程ではない。


 レインが着地したと同時に別の覚醒者が斬りかかる。それも片手に持った剣で軽く受け止める。神覚者でない覚醒者の力ではレインを動かす事は出来ない。


「……おのれぇ!!」


 覚醒者は力を振り絞るが全く動かせない。それどころかレインは覚醒者の方を見てすらいない。


「お前さ……俺ばっかり見てていいのか?もっとヤバイのが来てるだろ?」


 レインの言葉に合わせたように他2箇所の帝都正門が崩壊する。レインがいる場所からはっきり見える訳ではない。ただ空高く舞い上がる土煙が崩壊を知らせた。


 そして今まさにレインがいる場所にも来ている。他の正門を破壊したであろう武装した巨人が大盾を正面に構えてこちらに走ってきている。


「ク……ソ……」


 覚醒者が視線を前に戻すと既にレインはそこにいなかった。もうどこに行ったのかも分からない。探す時間もない。その数秒後には最後に残った門も粉々に破壊されて漆黒の化け物たちが帝都内へと雪崩れ込んだ。


 


 


 


 

 


 

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