第210話





◇◇◇


「ねえ!パパ!まだあの女の首は届かないの?!」


 歳は20代後半にも見える女性がかなり広い部屋中に響く声で語りかける。


「もう少し待っていなさい。すぐに我が帝国軍が王国を攻め滅ぼし、持ってくるだろう」


 高貴な身分であると予想できる衣服を纏った老人が自信満々に意気揚々と話す。その2人の周囲には完全武装の覚醒者と使用人が控えている。


「ねぇ?レクシアー?」


 その女性は声のトーンを上げて近くにいた覚醒者に話しかける。


「ロラーナ姫、何でしょう?」


 そのレクシアと呼ばれた覚醒者は返事をする。聖騎士の様な重装甲の鎧に剣と盾を持っている金髪の青年だ。


「貴方ならあの『傀儡の神覚者』に勝てる?あの王国のクソ女を殺す邪魔をしてるらしいじゃない?もしかしたらここまで来るかもしれないでしょ?」


「……どうでしょうか?奴が操る不死の軍団は多くを同時に召喚すればするほど弱体化するという報告があります。ただ武器を持っている事に変わりはないので……分かりませんが、勝てと言われれば勝ちますよ」


「ふはははッ!流石我が帝国最強の覚醒者だ。今王国で暴れているだろう剣士ライランと対をなす覚醒者だ!」


「光栄でございます、皇帝陛下」


「王国を滅ぼして全土併合した後はイグニスも攻め滅ぼしてやろうかのお!……そういえば奴の使用人はどうなったのだ?屋敷の襲撃も行わせていたはずだが?」


 セダリオン帝国皇帝は別の兵士に問いかける。


「ハッ……正確な情報はまだ得られていませんが、最低1人は重傷との事です。ただイグニス王国軍の警備に邪魔され屋敷への襲撃は失敗したとの事です」


 兵士は今得ている情報を淡々と伝える。


「ふん!役立たずどもが……まあ良い。他国へ我が帝国の密偵を送る……というか他国への干渉は今回が初めてだからな」


 そう言って皇帝はテーブルの上に置かれたワインを一気に飲み干した。グラスが空になるとすぐに控えていた使用人が追加で入れる。


「ねぇ……そんな事よりまだここにいないといけないの?防御魔法っていうの?そのせいで外も見えないし、音も聞こえないから面白くない!

 私そろそろ出掛けたいんだけど?新しいドレスが入ったって聞いたから取りに行きたいのよ」


「愛する娘よ……もう少しの辛抱だ」


「嫌だ!もう丸一日もここにいるじゃない!お風呂とトイレ以外はここにいろなんて無理よ!」


 皇帝の娘である姫君は癇癪を起こす。周囲の兵士や使用人は顔には出さないが、始まったという雰囲気だ。これまで何度も困惑させられてきた。


「仕方ない……レクシアよ、可能なのか?」


 そんなわがままな姫の父である皇帝もその娘にはめっぽう甘い。娘の望みは全て叶えてきた。たとえその結果何人もの人が死のうとも関係なかった。


「………………そうで」


 レクシアが答えようとした時だった。皇帝たちがいる謁見室に1人の兵士が飛び込んできた。


「何事だ!!」


 愛する娘との会話を邪魔された事で皇帝は不機嫌になる。他の兵士たちも武器を手にかけて警戒する。


「はあ……はあ……ご、ご報告申し上げます!!すぐに避難を!『傀儡の…ぎゃああああッ!!」


 部屋に入ってきた兵士は後ろから剣で貫かれた。そして剣を引き抜かれると同時に蹴り上げられ部屋の中へ勢いよく飛び込んできた。


「きゃあ!なによ!!」


 ロラーナの甲高い金切り声が響き渡る。飛んできた兵士の死体がロラーナへと向かう。しかしそれは覚醒者レクシアが盾で受け止めた。


 皇帝はすぐに立ち上がり部屋の奥へと下がっていく。使用人たちも兵士も皇帝の盾となるように行動する。


 そして部屋の中にその男が入ってきた。


「…………馬鹿者が。敵をここまで案内し、招き入れるとは!」


「見つけたぞ」


◇◇◇


「やれたか?」


 レインは外壁を突破した後、2つある防壁も破壊した。空以外に脱出する術をなくす為に徹底的に道という道を破壊する。


 そして現在は城門の前にいた。守護していた覚醒者たちは既に傀儡によって殺されている。途中合流したヴァルゼルがレインの横に跪き状況を伝える。


「はい、帝都内の主要な道は全て傀儡によって封鎖致しました。帝都外壁周辺に等間隔で巨人と騎兵を配置している為、気付かれずに逃げるのはほぼ不可能かと」


 レインはヴァルゼルにほぼ全ての傀儡の指揮権を一時的に渡していた。レインが扱うよりも圧倒的に効率よく目的を達成できた。


 帝都内のあちこちで火の手が上がり皇帝の逃げる道を少しずつ潰している。帝国の国民には手を出さない様に命令しているが、武器を持っていれば容赦なく殺害する。


「さて……俺は中に入るよ。剣豪だけついてこい。他はこの城の周りを見ててくれ」


「御意」


 ヴァルゼルはさらに深く頭を下げて立ち上がる。そして後ろに控えていた騎士たちと共に別の場所へと駆けていった。


「行くぞ」


 レインの問いかけに横に控えていた剣豪は頷く。常に太刀に手を掛けていていつでも抜ける状態にしている。レインは皇城の固く閉ざされた扉の前に立つ。


 そして……。


「おら!」


 思い切り蹴破った。両開きの鋼鉄の扉は中へと吹き飛ぶ。魔法も何も付与されていない鉄の扉ではレインの歩みを止める事出来ない。


「うわあああ!!」


 レインが中に入った事を理解した兵士たちは攻撃を開始する。ただ皇城の重厚な扉を一撃で蹴破った神覚者を相手には何も出来ない。


 それを理解し、確実に殺されると分かっていながらレインへと突撃した。絶望と恐怖に支配されながらも必死で身体を動かして戦いを挑んだ。


 その全てを剣豪が斬りふせる。兵士たちはレインに一矢報いるどころか近付くことすら出来なかった。


「ダメだ!皇帝陛下に避難するようにお伝えしろ」


「りょ、了解」


 奥の方にいた兵士がそんな会話を小声でする。帝国軍の断末魔や戦闘の音で掻き消える様な小さな会話だ。


 普通の者なら会話があった事すら気付かない。しかしレインは違う。


「やはり……いるんだな」


 レインはその声を聞き逃さない。そして走って階段の方へを向かった兵士を確認した。


「逃すかよ」


 レインは剣を投げてその報告へ向かった兵士を殺そうとする。しかし剣を投げる直前で剣豪がレインの腕を掴んだ。


「…………何してる」


「…………ァア…イカせ…る」


 剣豪は自分の喉を触りながら音を発する。しかしかなり辿々しい。が、聞き取れない程ではない。


「お前……話せたの?!」


「……イカせて…………ア、アンナ…いサセ……る」


「案内させる?……なるほどな、気付かなかったよ。よくやった」


 レインは剣豪の肩に手を置いてお礼を言う。あの兵士は今から皇帝の元へ報告へ行くはずだ。もし殺せば皇帝の居場所をこの広く大きい城の中から探し出さないといけなくなる。


 城ごと木っ端微塵にする事も出来なくはないが、死体を確認したい。何より自分自身の手で殺害したかった。


 

 そして報告へ行った兵士を尾行してこの場に辿り着いた。慌てていた兵士はレインの事にも気付かずに案内してくれた。


◇◇◇



「見つけたぞ」


 ラインの視界に映る老人と女、周囲で畏まる使用人や兵士たち。確定だった。


「貴様!何者だ!」


 1番強い魔力を放っている覚醒者が問いかけるが、レインは返事をしない。今から殺す奴に自己紹介する時間は無駄だろう。


 老人……おそらく皇帝と思われる男はこの広い部屋の端までジリジリと移動しようとしている。まずは中央のソファに腰掛けている容姿の悪い女の方からだ。


 レインは剣を構えて部屋の中、テルセロの王城の謁見室に似た造りの部屋へ突撃する。

 

 


 


 


 


 

 

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