第211話






「きゃああああ!!」


 もう一度部屋中に金切り声が響き渡る。帝国の姫に向けてレインは斬りかかる。そこに容赦はない。


「ロラーナ様!!」


 しかし剣を振るう前に聖騎士のような鎧を着た者が立ちはだかる。レインの剣は重厚な盾によって防がれた。


「なんだお前?邪魔するなら殺すぞ」


「レクシア!お願い!私の為に勝って!そいつを殺して!!」


 後ろいる不細工でうるさい女が叫ぶ。頭が痛くなる声で不愉快で不快だ。その声を黙らせたい。


「御意!〈肉体強化〉〈速度向上〉〈知覚向上〉」


 レクシアはスキルをいくつも発動し、全身に力を込める。レインはそれを見て拳を強く握って放つ。


「私は帝国を守護する盾!何人たりともこの先へは」


 ズドンッ!――と謁見室全体が強く揺れた。先程までみんなの先頭に立って敵の神覚者と対峙していたはずのレクシアがいない。


 みんなの視線はゆっくりと玉座の方へと向けられる。上質な皮や黄金などの貴重な鉱石をふんだんに使用した玉座が粉々になっている。その後ろに掲げられた帝国旗も破れ、壁も崩れている。


 崩れた壁の穴から脚だけが見えている状態だ。その脚は力なく垂れている。帝国の人間であれば見違うはずがない。先程まで自分たちを守る為に盾を構えていたはずの覚醒者が一瞬のうちにあのようになっている。


「…………嘘」


 ロラーナは言葉を失う。


「あり得るか、貴様!『傀儡の神覚者』だな!平原の我が兵たちはどうしたのだ!貴様はエルセナを助けているんじゃないのか!それに平原とここの間にはサージェスがいたであろう!なぜ貴様がここにいるのだ!」


 部屋の角に移動していた皇帝が声を荒げる。帝国の盾と呼ばれた覚醒者を拳一撃で吹き飛ばせる芸当が出来るのは神覚者クラスのみだ。そして帝国に来る可能性が最も高い神覚者は1人しかいない。


「あ?あの平原にいた帝国兵は全員殺した。サージェスの兵士も俺を見たら撤退して行ったよ。これから滅ぶ国を助けたって何の得にもないからな」


「バカな?!平原には我が帝国の剣と呼ばれる覚醒者がいる!お前なんぞに遅れは取らぬはずだ!」


「帝国の剣?…………あーコイツか?」


 レインが部屋の外を見る。すると傀儡の剣豪が入って来た。部屋の外に誰も逃さぬよう、そして誰も部屋に入れないように外で待機していた。


「…………まさか……ライアン様?その長い太刀は……本当に……なんで?」


 兵士たちの中に動揺が一気に広がる。剣豪の見た目は生前とは全く違う。しかし太刀だけは同じだ。だから見る者によってはすぐに分かるのだろう。


「さて……お前らはサージェスにも見捨てられたんだ。ここの外にいた兵士たちも大体殺した。帝都の外にも俺の傀儡を配置している。お前らは絶対に逃げられない。さっさと諦めて苦しみ抜いてから死ね」


 レインが一歩進む。覚醒者を殴りつける為に移動したから今は皇帝の方が少し近い。


「お、お前たち!奴を止めるのだ!!私の盾となれ!」


 レインが皇帝の方を向き、歩き出す。一撃で殺してしまったらつまらない。ここでは剣を使わずに殴る。


 歩くレインの前にメイドや使用人たちが両手を広げて立ちはだかる。兵士は皇帝の近くで武器を構えている。


 レインの前に立つメイドの顔は恐怖そのものだ。恐怖で震えて歯がガチガチと音を立てている。涙を浮かべている者もいる。


「なんでそこまでするんだ?俺は使用人の命までは取らない。今、部屋を出るなら追わないがどうする?」


 レインは声の音量を落として話す。皇帝との距離はそこそこある。だから何かを話している程度にしか聞こえないはずだ。


「だ、だめ……なんです。皇帝陛下の命令に背けば……私の…家族が……」


 レインに1番近いメイドだけが返事をした。


「なんだそれ?」


「…………………ダメなんです」


「そうか」


 そこでレインは諦めた。今は何を言っても無駄だ。


 "でも……殺すのは可哀想だよな。多分あの皇帝と娘ってかなりヤバい奴らだな。家族を人質にして使用人をさせてるみたいな感じか"


 兵士たちとは違い使用人はみんな怯えている。覚醒すらしていない人がレインの前に立ったところで何もできない。確実に殺される。


 この部屋で最強とされた覚醒者は壁の穴から脚を放り出しているだけの存在になった。もう望みはない。


 "残ってる傀儡は……番犬と弱い方の海魔が少しだけか。…………というかあれって魔法石だよな。装飾に魔法石って……俺と同じような事しないでほしい"


 レインは皇帝が身につけている衣服の装飾に目をつけた。光り輝く宝石が散りばめられているが、その幾つかからは魔力が放たれている。

 

「〈傀儡召喚〉」


 レインの周囲に残っている全ての傀儡が出現する。数はたったの10体くらいだ。番犬4匹と海魔が6体だ。残りの傀儡は帝都包囲に使用している。


「ひっ!」


 メイドたちからは小さな悲鳴が上がる。海魔は見た目があまり良くない。斬られたら絶対痛い歪な剣や斧を持っている。いや斬られたら何でも痛いのだが、余計痛そうな形をしている。変な病気になりそうだし。


 "傀儡は部屋の中を動き回りながら兵士だけは殺せ。メイドや使用人は傷付けないように壁際に寄せておけ。皇帝も殺すなよ?肩とかに噛みついて痛みだけ与えておけ"


「行け」


 レインの命令で傀儡たちは一気に動く。傀儡の動きにメイドたちは反応できない。もちろん兵士も同じだった。気付けば目の前にいて、理解した時には斬り殺されている。


「何をしている!!さっさと奴を殺さぬか!」


 と、皇帝は後ろの方でガミガミと叫ぶだけだ。今暴れている傀儡はCかBランク程度だ。だが一般人からすれば何が起きているのかもよく理解できない。


「きゃあ!」


 傀儡はメイドの襟を掴んで壁際に投げる。メイドからすればかなりの衝撃かもしれないが、死ぬよりはマシだと思ってほしい。


 傀儡は部屋にいた兵士たちの大半を斬り殺したくらいで番犬が壁を走って皇帝の方へと向かう。皇帝は気付けてすらいない。


「クソ……やむを得んか」


 皇帝は背後を確認しながら壁を触っている。何がしようとしている。レインは皇帝が何かする前に動く。遠くに逃げる手段があったら厄介だ。


 レインは瞬時に移動し、皇帝の前に出現する。そして拳を握って皇帝の腹を殴ろうとする。


「うおおおおお!!やらせん!!」


 しかし命中する前に横から剣の切先が出てきた。それを仰反るように避けるが、皇帝と距離が出来てしまった。


「ふはは!ではさらばだ」


 皇帝は壁に隠されていた何かに触れる。するとガチャンと音を立てて皇帝の足元の床が開いた。皇帝はその穴に飲み込まれるように落下する。それは緊急時に使用する脱出用の落とし穴?のようなものだった。


 "あの覚醒者…殺す気で殴ったのにまだ生きてんのか?とにかく皇帝は逃さん!番犬……奴の服の魔法石に取り付け"


 その落とし穴が再び閉まる前に番犬は高速で飛び込んだ。


 結果はどうなったのかは分からないが、番犬の小さな気配が動いているのが分かる。成功したなら皇帝が何処に逃げようと追跡できる。


「あの程度の攻撃で私はやれん!陛下と姫を守るのはこの私だ!」


 レクシアはそう叫び、レインに向けて剣を向けた。

 



 

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