第168話







 ◇◇◇


 2人はダンジョンの中へと入っていった。いつも通り身体がフワッと浮く感覚を覚えて着地する。


 そして…………。


「森?何で森?」


 レインの目の前には森が広がっていた。雲一つない青空、木の合間から漏れる陽の光が幻想的な雰囲気を醸し出している。

 ただ確実に人間を丸呑み出来そうな鳥から出てそうな訳分からん音量の鳴き声が若干台無しにしている感はある。とりあえずレインは右手をズボンに擦り付けている。摩擦で火が起きそうだ。


「あら〜」


 何故か機嫌が良くなったカトレアが呑気に話し始める。


「何が、あら〜だよ。何だここ?入り口も消えてるし……いつもの洞窟じゃないの?」


「レイン様は本当に運が良いですねぇ。ここは『特殊ダンジョン』と呼ばれるものです。ダンジョン1万ヶ所に1回あるかないかの確率で出現します。

 洞窟とは異なり気候や昼夜、自然が存在します。今回は森林タイプでしたね。当たりですよ!」


「…………そうですか」


「そんなに嫌そうな顔をしないで下さい。こんな過ごしやすい環境に2人きりって最高じゃないですか?」


「それがこの顔の原因だよ。どうやったら攻略出来るんだよ?」


「そんな事言っちゃうと教えませんよ?……そうですねぇ…じゃあこのダンジョンにいる間、ずっと手を繋いでくれたら教えてあげます」


「…………はぁー…分かったよ。ほら」


 こうなってるカトレアは面倒だ。なぜかは分からないが知り合いの魔王を思い出した。もう手を繋ぐくらいでは動じなくなってきた。攻略できるならもう何でもいい。


「はい!」


 カトレアは両手でレインの手を握る。暖かく柔らかい感触にレインは顔を逸らす。何でそんなに真っ直ぐ目を見れるのか。手を繋ぐのはいいけど、真っ直ぐ目を見られるのはまだ慣れない。


「そんな顔も素敵です。……で、このダンジョンのクリア条件ですね。ボスを倒せばいいんです。倒せば目の前に出口が出現します。問題なのはそのボスが何処にいるのか全く分からない事です。

 こういったダンジョンには端がなく延々と続いているとされています。モンスターもそこそこ襲ってくるので倒していたら勝手に向こうからやってくる事が多いですね。あと特殊ダンジョンは外と内部の時間の流れが全然違います。外での1時間がここでの3日半となります」


「え?!……クリアするまでずっと手繋いでんの?」


「そういう約束ですから。……ちなみに難易度は一律でA+という特別なランクに割り当てられます。

 攻略推奨メンバーは最低でもSランクが1人、随伴するAランクが10人必要となっています。SランクがいないならAランク15名とBランク以下が最低20名と十分な物資となりますね」


「じゃあ俺たち2人って人数的にヤバい?」


「ある意味やばいですね。このダンジョンのモンスターが可哀想で仕方ないです。必死に逃げないと私たちに蹂躙されますからね」


「なら気長にやるか。急いだって仕方ないんだろうし。どうせ腹も減らないんだろ?」


「そうですね。でも疲れはしますし、汗もかきますから睡眠やお風呂は必須ですよ?一応お伝えしておきますが、特殊ダンジョンの平均攻略日数は15日です。中には100日経過した場合もあるそうですよ!不束者ですがよろしくお願い致します。レイン様!」


「………………はい、よろしく」


 つまりは最低でも15日間はカトレアと2人で森の中でモンスターと戦いながら生活しないといけなくなった。逆に考えればレインたちが入って良かったともいえる。並のAランク覚醒者だけが入っていれば全滅の可能性だってあった。


 ダンジョンに入ってから出てくるまでに普通なら1〜2時間くらいだ。遅くても3〜4時間くらいには出てくる。何かあったのかと警戒して援護を派遣するとなると1日くらいは時間を置く。そうなったら中では100日以上が経過していた手遅れって事だ。


 ただ今回のメンバーは神覚者が2人だ。レインと手を繋いでウキウキで歩くカトレアを見ていると大した問題ではないと分かる。どうせ今すぐに引き返す形で脱出する事も出来ないなら楽しむしかないとレインは覚悟を決めた。



◇◇◇

 


「モンスター……出てこないな……」


「そうですねぇ……これは滞在が長くなりそうで今からワクワクしますね!」


「なんで?…………あと手をニギニギしないでくれない?くすぐったいんだけど」


「まあいいではありませんか。とりあえず何処かに拠点を作りましょう!ここら辺の木を切って加工できれば簡単な家も作れます」


「魔法で?」


「はい!風魔法と結合魔法、強化支援魔法がある程度使えるのであれば誰でも作れます。あとは葉っぱや草を集めてベッドにしましょう。布団は……近くに火でも起こせば大丈夫ですかね」


 カトレアが手をニギニギしながらテキパキと今後のことを考え、提案していく。ただ家に関しては問題なかった。


「あー……家はあるから大丈夫」


「家があるって何ですか?」


「場所はここでいいか?」


「……そうですね。水も魔法で創れますから何とかなるでしょう!」


「了解……ほれ」


 レインは収納スキルから小屋を取り出す。これはメルクーアのSランクダンジョン内で使っていた物だ。ダンジョンから出る時に残していくと言われたが勿体無いので1つだけ回収していた。それをすっかり忘れていた。


 レインのたちの目の前に木と魔法石で作られた簡易住居が出現した。本来なら4人くらいで使う物だ。そして中に入るとやらかしたと思った。


「まあ!何という事でしょう!枕も布団も1人分しかありません!ベッドの広さが2人分なのは好感度高いですね!」


「…………俺はゆ」


「床!で寝るとか言わないですよね?そんな事をするなら私も硬く、冷たい床で寂しく泣きながら寝ることにしましょう。最低でも15日くらいここにいる必要があるのに、毎日毎日冷たい床の上で全身の痛みに耐えながら……」


「分かった!分かったよ!一緒に寝たらいいんだろ!」


 "何でこんなに俺と一緒に寝たい人が多いんだ?別に強くなるとか、癒されるとか特別な効果なんてないぞ?何なら俺は寝相が悪めだから邪魔になるだろ?本当に分からん!"


「もしレイン様が良ければお風呂も一緒でいいですが如何されますか?」


「………………は?」


 それに関しては本当に少しだけ殺意が湧いた。イラっともした。普通に遠慮なくゴミを見るような目で聞き返してしまった。


「何でもありません。とりあえず今日中に生活拠点を完成させましょう。特殊ダンジョンは昼も夜もあります。森林タイプなら天候も変わると思います。急ぎましょう」


 "ああ……今の目…いい!いいですわぁ!"


 また咄嗟に良くない態度を取ってしまったと少し落ち込むレイン、そして自覚なく自分の中の新しい性癖という扉を蹴破りそうなカトレアの2人は住居を出て拠点を作成する。


 

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