第98話
◇◇◇
「神覚者様……この度は本当にありがとうございました」
帰りの馬車の中でセラが話す。家族と過ごしても良いと言ったがセラは一緒に戻ると言った。
ここでレインと別れるのは与えられた仕事を放棄することになると言って頑なに村に残る事を拒否した。
その辺りに関してレインは何かを言うつもりはなかった。
「さっきも言ったけど……」
「違います。確かに兵士の方々がいたおかげで村の人たちは助かりました。でも私の母と妹を助けてくれたのは神覚者様です。
それに貴重なポーションまで使っていただいて……。このご恩は一生掛けてお返し致します」
「別にお返しなんていらないよ。その言葉だけで充分だ。……ありがとう」
レインは兵士を救えなかった事を悔やんでいた。どうしようもない事ではあるが、それでも悔やんだ。しかしレインが来なければセラの家族は確実にモンスターによって殺されていたのも事実。
レインにも救えた存在がいたと実感でき、少し安堵した。
"……あとでシャーロットにあの兵士たちの家族に何かしてやってくれって伝えないとな。あとはこんな事がないように今回の事を伝えないと。ただそれは後だ"
「そんな!神覚者様がいたから家族は助かったんです。……ただこのご恩をどう返すべきか……今すぐにはお答えできないです。少しだけ待って下さい」
「だから要らないよ。気持ちだけ受け取っておく。……なんか少し疲れたな。ちょっと寝るよ。阿頼耶……肩貸してくれ」
身体は全く疲れていない。
ただこの疲れは精神的なものだ。何となく眠りたいと思った。
「どうぞ。街に近付いたら起こしますので、お休み下さい」
「ありがとう」
セラはまだ何か言いたげだったが、レインが寝ると言った為、これ以上は言えなかった。レインは阿頼耶にもたれ掛かり目を閉じた。
馬車の壁にもたれ掛かるよりも温度を感じる。あの宿で1人で寝ていた時よりもゆっくり眠る事が出来た。
◇◇◇
「…………いよいよか」
「大丈夫です。必ず治ります」
そこから2日経過した。既に馬車はレインが住む街『テルセロ』内に入っていた。見覚えのある道がレインを掻き立てる。
早く到着してほしい思いと、そうでない矛盾した思いがグルグルと自分の中を駆け回る。
それがこの上なく不快だった。自分でもどうしたら良いかわからない。阿頼耶が言った大丈夫だという言葉を信じて、同じ言葉を自分に言い聞かせるしか出来なかった。
既に昼を過ぎた頃だ。エリスは何をしているだろうか。
「……レインさん」
間も無く家に到着するところで阿頼耶がレインの名前を呼んだ。
「ん?どうした?」
「あれを」
阿頼耶が馬車の前方を指差す。馭者がいて見えずらいがレインの屋敷の前に人集りが出来ている。
「何だ?俺なんかやったっけ?……『決闘』優勝したのってもう伝わってるのか?……流石に早いだろ」
レインは『決闘』が終わってから、多少のロスはあったが真っ直ぐ帰ってきた。だから『決闘』の結果がこんなに早く街全体に広がるとは思えない。
「…………ああ、出迎えに来てくれたのか」
屋敷に近付くにつれ人集りの顔が見えた。魔力を感じていたが、混ざり過ぎてしっかりと判別は出来ていなかった。
馬車が近づくと人集りはレインに道開けるように散らばる。馬車が停まるとすぐに兵士が扉を開けた。
「「おかえりなさいませ」」
アメリアとステラがまず出迎えてくれた。たった数十日離れただけなのに懐かしく思える風景と声だった。
「ただいま。勝ったぞ」
「はい、我々も信じておりました。ご主人様であれば必ず勝利し、お嬢様を治療されると思っておりましたので、今日の夕食は腕によりをかけました」
アメリアはレインが優勝して帰って来ると信じて疑わなかった。だからレインが帰宅する日程に合わせて食材を買い込み、今朝からずっと準備をしていた。
「レインさん!おかえりなさい。結果は聞かなくてもいいですね」
「ニーナさん!…………となぜお前が?」
ニーナの声に聞きその方向を振り向く。久しぶりに見るその顔に安堵しながらも、その後ろにいる金ピカな奴に目が行った。
「フハハハッ!既に我々は一度拳を交えた仲だ!こうして出迎えるのは当然だ!」
「あれはお前が一方的に……というかSランク全員いるのか?」
「レガは別の国で要人警護の依頼を受けてな。今はここにはいない」
サミュエルのさらに後ろにはリグド、ロージアもいた。多分、AかBランクの覚醒者もいる。護衛だろうか。ここには『黒龍』ギルドのSランクがほぼ揃っていた。という事はこの国の最高戦力がここに集結している。
「あらあら……これは皆さんお揃いですね」
その声の直後、多くの兵士がレインたちの前に並んだ。聞き覚えのある声にそれが誰なのかはすぐに分かった。
そしてレインと阿頼耶、Sランク覚醒者以外は膝を折ってその者を出迎えた。最後に声をかけてきたのは王女シャーロットだった。
"この人っていつもこの辺にいるなぁ。意外と暇なのか?……本人に言ったら殴られそうだ"
「まさか貴方まで来てくれるなんて」
「もちろんです!史上初の『決闘』初出場での優勝を成し遂げたばかりか、あの『殲撃』『霧海』『魔道の神覚者』を倒した御方を国として出迎えないのは恥ずべき事です!!」
シャーロットは何故か決闘の事を詳しく知っていた。もしかすると王族や貴族のみが使える伝達手段があるのかもしれない。
「え?!『殲滅』って……オーウェン・ヴァルグレイですか?それに『魔道の神覚者』というとカトレア・イスカ・アッセンディアですよね?その人たちに勝ったんですか?」
ニーナが詰め寄って話す。というか『黒龍』のSランクが全員詰め寄ってきた。
「…………え?ええ、倒しましたよ?カトレアは本当に強かったですね。かなりギリギリで勝てました」
「さ、流石です!」
ニーナはロージアたちと何か話し始めた。そしてレインはある事に気付きアメリアを見た。
「アメリア……エリスは?」
見送る時も1番前にいたエリスがいない。何かあったのかとレインは少しの不安に襲われる。
「はい、お嬢様は今眠っておられます。クレアが側に付いておりますので心配はないかと思います」
「こんな時間に?」
今はお昼過ぎだ。普通はこんな時間には寝ないと思うのだが…。
「はい…私も言ったのですが……。ご主人様が帰ってくるのが楽しみ過ぎたのか起きて待つと言って聞かなくて……。それで少し夜更かしをしてしまい」
「耐えきれずに寝ちゃったのか」
「はい」
「……か」
「か?」
「いや何でもない」
エリスが可愛すぎて発狂する所だった。早く神話級ポーションを渡したいが無理に起こすのは可哀想だ。
ならここに集まってくれた人たちを招待して話でもするか。
「アメリア……食事ってみんなの分は……」
「もちろんご用意しております。メンバーも想定通りで良かったです」
「本当に……お前は完璧だよ。じゃあ準備に取り掛かってくれ」
「勿体無いお言葉です。かしこまりました。では皆様!こちらへどうぞ!」
アメリアが声を上げ屋敷の中へと招いた。兵士全員は入らないので屋敷の庭と外で待機してもらう。
集まったメンバーは一度も使ったことのない大広間に移動した。立食ではなくいくつかのテーブルを囲んでの食事だ。これがレインにとっては馴染み深く安心する。
おそらくアメリアはそこまで考えてこの配置にしてくれたんだろう。
重たいテーブルや椅子はステラが運んでエリスの勉強は身の回りの世話をしながらこうした事をやってくれた。
これに対してどんな報酬を払えばいいのかレインには分からない。今はただただ感謝するしか出来なかった。
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