番外編4-10






◇◇◇


 レインとカトレアは向かい立つ。後は合図があれば始まる。レインは用途不明だったマントを外して収納する。動きやすいように装飾も外して収納していく。整えられた髪もグシャグシャにしていつも通りな感じにする。


 カトレアはただ微笑みながらレインを見ている。そんな時に実技試合場の別の扉が開いた。


 レインがそこに注目すると、他の生徒や教員と思われる人たちがゾロゾロと入って来た。


「…………あれは?」


 レインは司会訳の男を見ながら問いかける。もう2人とも準備は出来ているのに開始の合図がないのはあの人たちが原因だったようだ。


「この学園の全生徒と全教員を集めました。神覚者様の手合わせなど見られる機会はそうありません。実はこの試合も学園長の提案なのです。今はあちらにいらっしゃいます。

 将来、この国のありとあらゆる分野を支える生徒たちに今現在、世界を支えているお2人の能力をお見せするというのは何よりも変え難い有意義な教育となりますので……」


「……そうですか」


「素晴らしいですね!使える機会は何でも利用するという考えは正しいと思います。神覚者の存在も大切ではありますが、未来を支える子供たちも同じくらい大切です。良い教育方針だと思いますよ?」


 カトレアは絶賛する。レインにはよく分からないが、そういう事なんだろう。


 全員が着席し、レインたちへ視線を向ける。目の前に並び立つ本物の神覚者2人。どれだけ優秀な覚醒者でも、大商会の頭取でも、公爵家の人間でも、国王でさえ気軽に会えない存在。

 そんな中でも8人しかいない超越者と呼ばれるSランクダンジョンを攻略した覚醒者から目を離せない。


「これは……凄い事だぞ?この試合を用意して、観戦するのにいくらかかるんだ?」

「試算なんか出来るわけがない。国を数年間運営できるだけの金が必要だろうな」

「偶然とはいえこのような機会に恵まれた事を感謝せねばならんな」

「感謝してもしきれません。本来ならイグニス国民全員で観戦すべき事です」


 など周囲の人々はそれぞれの思いを口にする。


「…………まあ適当にやって……適当なタイミングで負けるか。カトレアを傷付けたくないし」


 レインはそこまでやる気はなかった。勝敗の決め方はどちらかが降参するか、透明な壁が壊れた時点でどちらが優勢だったかを生徒たちの多数決で決める感じとなった。


「カトレア!……あの大天使は召喚するなよ?俺もデカイ奴は使わないから!」


「はーい」

 

 少し離れた位置で立っているカトレアは手を上げて返事をする。


「それではお2人とも準備はよろしいですか?」


「どうぞ」

「いつでもいいですよ」


 レインたちの返事を確認した司会役は手を振り上げる。そして叫んだ。


「それでは開始です!」


 それを言った司会役はすぐに観客席の方へと走っていった。神覚者同士の手合わせが行われる場所なんかにいれば命がいくつあっても足りない。


 開始の合図と同時に生徒や教員からも歓声が上がる。やる気がないのが申し訳なくなってくる。


「やるか……」


 レインは剣を1本だけ召喚する。いつもは二刀流だが、本気でやるつもりなど毛頭ない。しかしレインが剣を召喚しただけで周囲からどよめきが起こる。収納スキルは珍しいというのは知っているが、レインがそれを使えることはみんな知っているのだからいちいち騒然としないでほしい。


 レインは小さなため息を吐いてカトレアへ向けて一歩踏み出した時だった。

 

「お兄ちゃーん!頑張ってー!」


 後ろから可愛い声が聞こえる。ただレインは振り返らず前へと進む。


 "エリス……ごめんな。真面目に戦うのも疲れるんだ。カトレアが相手なら尚のことな。だからエリスには申し訳ないけど適当な所で負ける事にす……"


「お兄ちゃんが勝ったらほっぺにチューしてあげる!!」


「……………っ!」


 レインの心臓が大きく鼓動する。一筋の汗が頬を伝う。今、エリスが言った言葉が頭の中で何度も何度も響き渡る。聞き間違いではないと心の中で何度も何度も確認する。


「………………………………」


 レインは剣の召喚を解除した。その光景に周囲の人が疑問を持った直後だった。レインの周囲に大剣や槍、刀剣が複数本地面に向かって突き刺さるように召喚された。


 レインは1番近くに刺さっている大剣を片手で軽々と持ち上げる。するとその大剣の周囲を追従するように刀剣が浮遊していく。〈支配〉のスキルで複数の武器を同時に扱う。


 これまで難しくなかなか出来なかった事だ。ただ今はエリスが言った言葉により極限で集中力が高まっている。今ならばアルティにすら善戦できるだろう。


「カトレア……死なないように全力でやれよ?俺はもう手加減出来ないぞ」

 

「貴方って……本当に……」


 カトレアは呆れたような表情をレインへ向ける。しかしレインは本気だった。怒りという起爆剤を除いたこれまでの戦闘で最も力を発揮出来ている気がする。


 レインはさらに一歩踏み出した。その足跡から黒い水が噴き出し広がっていく。黒い水溜りが試合場の床を染めていく。


 そしてそこから傀儡たち這い出てくる。ヴァルゼルや剣豪だけでなく聖騎士、上位騎士、海魔、魔法兵も召喚する。デカイ奴は使わないという約束は守る。ただそれ以外に召喚できる強力な傀儡は全て投入する。


 カトレアはその光景に表情を変えて魔法を放とうとする。展開された魔法陣が光り輝き魔法が発動しようとした時だった。


 レインは強く踏み込みカトレアの目の前に出現する。少し遅れてレインが立っていた場所の石畳は大きな音を立てて割れた。


 レインが全力で振り下ろした大剣とカトレアの強固な防壁魔法が激突し、周囲の透明な防壁を激しく揺らす。四隅にある柱はミシミシと音を立ててさらに大きく揺れている。


 もう何回か同じような衝撃が起きれば試合場そのものが倒壊するだろう。


 周囲の人々は改めて神覚者が如何に規格外な存在であるかという事を実感させられた。


 


 


 

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