番外編4-9
◇◇◇
挨拶も終わり壇上から生徒たちが次々と降りてくる。自分の家族を見つけ笑顔を浮かべてその場所へと走っていく。
ここで生徒の護衛たちも合流した。やはり護衛は兵士がほとんどで覚醒者もいたが、ステラのようなBランク覚醒者はいなかった。
「お兄ちゃん!カトレアさん!」
エリスもレインたちを見つけて走ってくる。その隣にはすっかり仲良くなったクラフィールもいた。手を繋いでレインの元までやってきた。
生徒たち全員が家族の元へ辿り着いた辺りを見計らって司会進行役がまた声を上げる。
「それでは最後に教材などの受け渡しをさせていただきますが……少々お時間が掛かります。それまでささやかではありますが食事の方をお楽しみ下さい!」
そう言って進行役の人はステージ袖へ消えていった。するとだんだん人の話し声が大きくなっていった。
簡単な食事を済ませた後は席を離れて立ち歩く。生徒同士やその家族の挨拶だ。ただ新しい友達が欲しい生徒と出来る限りの人脈をここで作っておきたいという大人の思惑が交錯する場となった。
ただほぼ全て大人たちの視線は立ち歩かず席に座ったままボーッとしている神覚者2人へ向けられる。
カトレアはともかくレインの方とは会話が成立した。今も穏やかに生徒の1人と話している。
神覚者と懇意の仲になる事ほど有益なことはない。自分の領地内に豊富な鉱山資源が見つかるより遥かに有益だ。そして本来なら会うだけでも相当な費用がかかる神覚者が目の前にいる。
大人たちは自身の子供を使って神覚者に取り入ろうと画策する。
◇◇◇
「どうだ?うまくやっていけそうか?」
レインは自分とカトレアの間に座るエリスへ問いかける。エリスは学園が用意した料理をモソモソと食べている。アメリアの料理の方が口に合っているようでそこまで進んでいない。変な顔をしている。かわいい。
「…………うん、ラフィーちゃんとは沢山お話ししたよ。……でもやっぱり知らない人が沢山いるのは……ちょっと怖いかな」
「そうか」
「でも頑張るよ。もうお兄ちゃんに心配ばかり掛けさせたくないから」
エリスは食べるのをやめてレインの手を握った。以前はもっと小さいと思っていたのに、今では大きく感じる。
"別にいいんだけどなぁ。心配するのは兄として当然なんだから"
「エリスがやりたいようにやればいいさ。俺は応援するよ」
「……ありがとう」
「神覚者様!!」
エリスといい雰囲気になった時に後ろから別の子供が声を掛けてくる。エリスとの時間を邪魔しやがって……とイラッとしそうになったが、今いる場所を思い出した。
「…………何でしょう?」
振り返ると生徒が2人いた。エリスよりも若いと思う。8歳とか9歳とか?子供の年齢は見た目だけだと判断できない。
「神覚者ってどっちが強いんですか?」
「不死の軍団が見たいです!」
無邪気な子供たちはそんな事を聞いてくる。その言葉に大人たちは戦慄する。その子供の両親と思われる人が走って来て子供の頭をはたく。
「何を聞いてるんだ!神覚者様の強さやスキルを聞くなんて失礼だろ!」
「だってパパが話しかけてこいって……」
「う、うるさい!……神覚者様…申し訳ありません!」
「…………はあ」
神覚者に対してだけではなく覚醒者のスキルに関する質問は禁句だ。子供がそれを聞くならば親の教育が疑われる。庶民ならまだしも貴族であればまともな教育すら出来ていないと宣伝するようなものだった。
そして神覚者2人に対してどちらが強いかという質問も無礼千万だ。神覚者は直接戦う事で優劣を決める事は滅多にない。どれだけダンジョンを攻略したかで決まる。
「あははは……どうなんでしょうね?レインさん」
「知らないよ。カトレアの方が強いんじゃないの?」
カトレアは子供の質問に笑って答える。狭量な人間であれば怒り狂うかもしれない質問にもカトレアは笑顔を向ける。レインに関しても怒るようなことじゃないと気にしていない。それが2人の懐の大きさを証明する事となった。
「あー……あと、はい召喚」
子供が見たいと言った不死の軍団――傀儡の1体を召喚する。ただ見せるだけだから最下級剣士を1体だけだ。
「すごーい!」
「あれが……不死の軍団の1体か」
「なんと禍々しい姿だ」
「あれを何百も召喚できるんでしょう?本当にすごい御方ですわ」
というような話し声が聞こえる。少し前までスキルに関して聞くのは良くないと思っていたが、そもそもみんな知ってるんだから隠す意味がなかった。
「レインさんが私より弱いなんて事はないでしょう?決闘でも私に勝ってるじゃありませんか」
カトレアがそんな事を言い始める。さっきのレインの言葉に納得がいっていないようだ。
「1回だけな。俺の戦い方は知ってるんだし今やったら勝てないんじゃないかな?でも俺たちが戦う事ってあるのか?」
「あり得ませんね。……でもレインさんの方が強いですよ」
「いやカトレアの方が……」
「でしたら!!」
神覚者2人がどっちが強いかという話し合いがヒートアップしそうになったタイミングで司会進行役だった男が出て来た。
「もしよろしければ手合わせなど如何でしょう!生徒の皆様全員分の教材準備にもう少しお時間が掛かります!この学園には非常に優れた実技試合場があります。
そこで生徒たちの教育指導も含めて手合わせしていただけませんか?神覚者お2人には不十分かもしれませんが報酬などもご用意させていただきますので」
報酬に関してはどうでもいい。そして何故カトレアと試合をしないといけないんだ。絶対に疲れるからやりたくない……が本音だった。
「すいませんが……」
「いいですね。レインさんやりましょう。生徒たち……強いてはエリスさんの為にもなりますよ?」
カトレアは予想外にも乗り気だった。そこには何かしらの思惑があるように見えたが、レインには理解できない。
「まあ……カトレアがそこまで言うなら……」
「その意気ですよ、レインさん」
こうして急遽、カトレアとの試合前――模擬戦をやる事になった。
◇◇◇
「おおー……広いな。組合の訓練場より全然広い」
あの後レインたちは会場を出て実技試合場という場所へ移動した。中央には白く四角い石ブロックが敷き詰められた闘技場のような場所があり、その周囲を透明なプレートに囲まれている。闘技場の四隅には青く光る柱が設置されていて常に魔力を放っている。
闘技場の周囲には観覧席と思われる席がずらりと並びそれが2階まである。数百人くらい余裕で収容できそうだ。
レインたちは闘技場の中へ入り、他の者たちはその観覧席へ行き座る。生徒たちが最前列で家族は後ろの方だ。
レインとカトレアはこの試合を提案した司会役の人から説明を受ける。この透明な壁はかなりの強度で攻撃が命中しても通さないらしい。
「この透明な壁って……本当に大丈夫なんですか?」
ただレインは信用していない。何故なら放っている魔力が弱すぎるからだ。万が一でもエリスたちが巻き添えになる事は避けなければならない。
「ご安心ください!既にあの黒龍ギルドのマスターであるサミュエル様の全力の一撃にもヒビが入っただけという実績がございます!
さらには完全に割れてしまっても周囲の柱が無事であれば即座に修復される魔法が付与されていますので、生徒たちが巻き添えになる事はありません」
「……ふーん」
「レイン様?」
レインはその透明な壁の前に立つ。そして人差し指を全力で弾いた。
バチィィンッ!!――と凄い音と衝撃が起こり透明な壁全体に大きなヒビが入った。端の方はパラパラと壁の破片が落ちて来ている。その音で周囲にいる生徒たちにも動揺が走る。
「そ、そんな……指を弾いただけで……壁が壊れた?」
司会役の人にとっても想定外のようだ。まあサミュエルの全力の一撃でヒビならレインの全力の指弾きでこうなるのは明白だ。殴ったら粉々になっていただろう。
「カトレア……この壁に防御魔法付与しててくれ。俺たちが試合したら多分壊れる。で、本気は出さない感じで行こう」
「そうしましょうか」
カトレアはレインの横に移動して魔法陣を出現させる。透明な壁に這うように薄い緑色の膜が出来た。レインは防御魔法を付与するカトレアに近付き小声で話しかける。
「なあ……なんで試合なんかするってなったんだ?……もしかして俺が嫌いだからボコボコにしたい……とか?」
「そんな事ある訳ないじゃないですか。私がどれだけレインさんの事が好きか説明する数時間の講演会でも開きましょうか?」
「………………やめて」
「レインさんはご存知ないかもしれないですし、興味もないかもしれませんが、この国でのレインさんの評価は低過ぎます。正当な評価をしている人があまりにも少ない……というのが正しいです。
まあそれはレインさんはあまり外に出ないですし、最近はダンジョンにも行っていないでしょう?」
「…………依頼がないからね」
「依頼がないならこっちから探しに行くんです!……まあ良いでしょう。レインさんはSランクダンジョンを攻略したり、国土拡大にも貢献しています。ただそれをほとんどの国民が正しく理解していません。
なのでレインさんの戦いをこうした貴族やその子供達に見せる事で正しい評価を世間へ知らしめるんです」
「そんなに必要か?別に分かってくれる人が分かってくれればそれで良いんだけど」
「必要ですよ?評価されるべき人は正しく評価されなければなりませんから。……これで壁の補強は完了です。じゃあ……やりましょうか」
「…………お手柔らかにお願いします」
こうして久しぶりにカトレアとの試合が始まろうとしていた。
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